古デジカメ蒐集の趣味としての高揚感を感じる瞬間はいくつかあります。

私の場合はまず、めぼしいものに出会った時。これは当たり前ですね。
次には確保したブツを自宅に持ち帰り無事起動した時。これも当たり前です。
さらに動作確認後に清掃している時。自分のものになっていく過程として好きな時間です。
主だったものはこの3つなのですが、これだけでご飯3杯といった感じでしょうか。それ以外に、この趣味が一年続いた原動力となったのは漁場の雰囲気が好きということです。
更に言うならば、其処に漂流物を探しに行くという行為が好き。其処とは何処か?それはきっとゴチャゴチャした怪しい空間なのだと思います。
私は新宿の裏通りや地下街、あるいは中野ブロードウェイ界隈が好きです。人混みが嫌いな私ですが、それとは別に、過剰な看板群やところ狭しと並べられた商品郡が好きなのです。
そこにアジアの中の日本を感じることが出来るからです。逆かな?日本の中のアジアなのかな?スナップ写真を撮る人たちの行き着く場所が、アジアの様な気がするんです。
別にスナップ写真はおいといても、譬えば、新宿ゴールデン街に外国からの観光客がたくさん押しかけている状況は、どこか懐かしいアジア的なものを求めているような気がするんです。
私も飛行機が嫌いじゃなくて、競馬もやっていなければ、たまにはアジアの何処かへ撮影旅行に出掛けていたかもしれません。憧れは常にあるんです。
その擬似的体験を都会のバックストリートで満たしているのかもしれません。普通に歩いていたら見落とすような小さな入口から階段を降りて地階に降り立つと突然カメラたちの雑多につめ込まれたガラスケースが現れる感じが好きなのです。その感じを味わうために出かけている自分が居ました。
それが原動力となって、出不精の私を外へと連れ出したのです。そういう意味で意外と好きだったのがハドフです。
特にジャンクコーナーが充実している店舗は、サルガッソー的混沌の中に漂流物が転がされ、積み上げられて、かき混ぜ続けられています。もし誰も拾い手がなかったら、ビーチコーミングのガラス石よろしく、角のとれたデジカメが生成されるかもしれません。
そんなゴチャゴチャ感をお手軽に味わえるのでよく通いました。家族連れもよく見かけましたが外国人もたくさん居り、雰囲気を盛り上げてくれました(誰のために?)。
この趣味が終わり、ハドフには行かなくなって数箇月経ち、若干の寂しみも感じておりますが、その分これからも新宿や中野には定期的にスナップに出かけるでしょう。。
最後にもう一つの原動力。それは一言で言えば所有欲。やはり物欲ですな。
中古というと、現行品ではない場合が多いですよね。つまり通常売っていないものを手に入れる快感。これですね。自己満足の世界です。
どんな趣味もそうでしょうけど、古デジ蒐集も例外ではないんですな。レコードがCDに取って代わられたように、デジカメも将来永劫に存在するものではないでしょう。でも、歴史には残る。カセットテープやMDを懐かしむように、デジカメを懐かしむ時代が来るでしょう。。
そんなスパンを極端に短縮したのが、古デジ蒐集かもしれません。骨董ほどの遺産性はまだない。
でも、譬えば、今、SONYのAIBOが急に欲しくなった。当然売ってない。いや、全く売っていないわけではない。2006年に生産中止となったのだから、売らなくなってからの日が浅い。ただし、サポートは終了している。それでもオクを見てみる。たくさん出てる。落札する。手に入れる。この時、過去の遺産を手に入れたような気がしませんかw。。。(とか書いたら新作発売してるし。。)
もっとも、私はレトルト食品を作る過程に未来を感じるタイプなので、そういう雰囲気作りは(どういう?)はお手のものなので、感情移入しやすいのかもしれません。お手軽タイプですな。。
ちなみに集まった古デジカメたちを見ること自体はさほど高揚した気持ちは湧いてきません。もっと、ゴミの塊的な感じを醸し出すかと思っていたのですが、そんなことはなく機械たちが静かに待機中と言った雰囲気です。
嫌いじゃなぁありません。劇団のようにも見えます。それで十分です。

つづく。

 

 

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