今回から3回に渡って「輪を閉じる」と題して、この集古デジカメのエピローグにしようと考えている。

2015

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OLYMPUS CAMEDIA E-100RS。このカメラが私的記念碑モデルCanon PowerShot Pro90ISと同じレンズを使っていると知ったのはいつの事だったか今はもう覚えていない。手振れ補正機能付光学式10倍ズームレンズ換算38~380mm相当F2.8~3.5、10群13枚 (非球面レンズ2枚)というレンズはCanonがOLYMPUSに提供した高性能レンズだった。E-100RSが2000年11月発売でPro90ISが翌2001年2月に発売されている。同じレンズで作られているがメーカーとしての位置づけは全く違う。それは当時一眼レフを開発中のメーカーと既にフラッグシップとしていたメーカーとの差だった。OLYMPUSは本機にEの称号を与えている。それは最上位機の証である。実際筐体の作りは見事で操作性や性能もそれに見合った機体であった。片やCanonはPowerShotというコンデジシリーズの一つと位置づけ、ささやかにProと名付けた。モノとしてはOLYMPUSの圧勝である。グリップ形状も文句なし。ズームも機敏。連写時ファインダーにバッファ残量をバーで表示されるのには感心した。ただ、撮像素子のみCanonが上回っているのだ。たとえ当時E-100RSを知っていたとしても145万画素というスペックから敬遠したことだろう。時代は300万画素を迎えていたのだ。集古デジカメを始めてからはE-100RSを試してみたいと思いそれは幸いにも実現した。その時Pro90ISで始まったデジカメ人生が10年以上の大きな輪を描いてE-100RSに辿り着きその輪を閉じるような感覚を味わった。このレンズから旅立ちこのレンズに帰ってきたのだ。
競馬を始めた頃は今以上にまじめに競馬と向き合っていた。東京開催は毎週土曜日に必ず出掛けた。開門前に到着して開門まで並ぶというスタイルも結構長いこと続けてレース観戦はスタンドの2階で一番前の席がお気に入りだった。毎週同じように行動しているカップルが居て、二人はいつもレジ袋を下げて競馬場に来た。レジ袋からはコンビニで買ったと思われるお菓子やお弁当、季節によってはミカンが出てきた。「また、来てるね」とお互いに意識していたと思うが特に話しかけることもなくうち過ぎた。スタンドが改修に入って居場所がなくなって競馬場内でのスタイルも変化しそのカップルとは会わなくなった。今のフジビュースタンドはそれはおしゃれな作りで初心者にはインパクトが有るだろうが昔のスタンドの味も忘れがたい。トウカイテイオーの引退式もいつもの席で見た。周囲のおじ様、おば様たちが涙を拭っていたのを思い出す。私もいつか別れに涙するような馬と出会いたいと思った。パドックも昔の方が撮影しやすかった。テレビ中継重視なのかスタンドから離れた方面がパドックから一段高くなってしまったのは改悪だ。トキノミノル像がパドックから離れてしまったのもしかり。昔のパドックでの記憶も沢山ある。こんな事があった。1Rが荒れて単勝が70倍付いた。私は外して2Rのパドックへ向かう途中で、近くに居た男女の会話が聞こえた。と言っても女性の声だけが聞こえていただけだが「え~7000円!お兄ちゃん、もう帰ろう」。。結構大きな声で叫んでいたので、周囲の笑いを誘った。以来高配当が出た時には「お兄ちゃん帰ろう馬券」だねと、これはいまだに我が家では使われている。物事の記憶と言うのは始めた頃が至って鮮明である。このレンズを使うということはこういう記憶を蘇らせるということなので、撮りおろしは東京競馬場・・昔の面影はすっかりなくなったが、それでも一番好きな競馬場・・で行うべき機種だと決めた。

2015

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古いデジカメを携えて競馬場へ行くという行為は常に胸が躍る。いや、古いから楽しみがあるのではなく、使い始めたばかり買ったばかりだから嬉しいのだろう。多少古めかしいカメラを持っていてもカメラに興味のない時代だからあまり目立ちはしない。それに競馬場は観光地と一緒でカメラを持つ人達は背景化しているのだ。

 

2015

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本機を手に入れた時懐かしい銅鏡カバーが着いていた。上の写真で分かるかと思うがレンズ銅鏡に皮革のくるみが巻かれている。先には三角カンを付けてレンズキャップを吊るせる。このアイテムは幾つかのメーカーから発売されていた。何でこんなものが流行ったのか。中にはレンズキャップを吊るす機能のないものも存在したのでまさにカバーだったのだと思うが格好は良くない。ただ銅鏡が傷つきやすいものだったのかもしれない。本機も安い商品では無かったからこんな商品も産まれたのだろう。時代を感じるアイテムなのでそのまま使った。当時は通販でしか手に入らない商品だったと記憶しているから前オーナーの気合の入りっぷりも伝わる。

 

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本機自体は実際使ってみると非常に使いやすい。なんでこれと同じものが今作れないのか不思議なくらいだ。

2015

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本機を使っていると、あのPro90ISを購入しないでコチラを買っていたら満足できたのかもしれないと思い始める。シャッターチャンスに対してはコチラに分がある。仕上がりはCanonにある。そこまで思いが至った時、私はこんな事を考えるためにこの集古デジカメを始めたのだなと思い出した。いや、こんなことを考えたいために始めたのだ。こんな事とはすなわちカメラへのトキメキであって、写真よりもカメラが好きだと公言する事によってそのときめきが消えていくのを引き延ばしたかったのだ。

2015 東京競馬場

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蒐集癖が少しでもある場合、その集めているカテゴリにおいて最高に近い物を手にしてしまうとその最高以外の存在を集めたくなるものなのだ。譬えばお菓子のおまけで所謂超レアが突然手に入ったとすると、残りのノーマルを集めてコレクションを完璧にしたいと言った具合だ。

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ノーマルだけをいくら集めても満足はない。ノーマルを集めるのは何時か出逢う超レアを手に入れる為なのだ。

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数年前、それは古デジカメ蒐集を始める前という事になるのだが、私は私にとってレアであるカメラのオーナーになった。そのカメラについてはここでは書かない。別の話になるからだ。

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そのカメラを手にするために多くの機材を手放した。さらにシステムを見直し整理した。所有するカメラは以前の1/3となりスッキリとシンプルになった。譬えばデジイチ1台、コンデジ1台のようにだ。

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自分にとって最高のものを手にすると、今度はシャレでノーマルを使ってみたくなるのだ。最高のものがあるんだから後はおまけ、何でも良いんだから安い中古で遊んでみたい・・・・これが古デジカメ蒐集の始まりであった。

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安い中古とは古いから安いのであって所謂スペックジャックと分類されてしまった過去の高級品たちである。元来カメラ好きなのだから楽しくないわけがない。いつしかジャンク遊びに熱中しこんなブログまで作ってしまった。

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沢山のカメラは沢山の写真を撮らせてくれた。そしてカメラはやはり写真を撮る道具であると納得した。また道具であると定義しなくても良いという態度でいられるようになった。つまりはカメラを定義しなくても一緒にいられるようになった。役割を与えるような言い訳をしなくても趣味として楽しめるようになった。なんだかんだ言って結局巡り巡って同じレンズのカメラを使っているじゃないか。これが趣味でなくてなんだろうと。

2015 東京競馬場

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つい最近、自分が最高と思っていたカメラを手放した。すると心が平穏になった。何処かで無理をしていたのかもしれない。

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集古デジカメをしている原因がなくなった。手放そうと決めてから実際に手放すまで1年以上かかったが、もうシャレでノーマルを集める理由もない。なので手放すまでの間に先に古デジカメたちを手放していった。

2015 東京競馬場

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コレクターには成れなかったが100台以上のデジカメを使った。使ったというよりは試してみた感じだ。家の中がゴミ溜めになっているんじゃないかと心配してくれた方も居たかもしれないが、紹介してきたデジカメたちの殆どはもう所有していない。カウントダウン式で紹介したカメラたちでさえ全て残したわけではない。実際今書いているこのE-100ももう手元にないのだ。

2015 東京競馬場

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これまでも蒐集にはもう飽きていると書いたと思う。たまに思い出したように中古カメラサイトを覗いたりするがもうトキメキはない。まだ使っていないデジカメがあったとしても所詮1/1.8の写りだろう、2/3の写りだろうと思ってしまう。「面白い形で良く写る」。何度この言葉を繰り返しただろうか。それが唯一集古デジカメの支えだったが、面白い形よりも今は結果としての画が欲しい。といっても2/3以上であれば良いのだが、つまりは普通に写れば良いのだ。故にカメラは道具なのだ。そして道具ではなくアリキタリの存在で居てほしいのだ。集古デジカメで引き延ばしてきたカメラへのトキメキは終息した。

2015 東京競馬場

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・・・・と、ここまで考えてE-100RSの役目は終わる。実はレンズが同じカメラなんて沢山存在している。レンズだけではないその他の中身も同様だ。本機に限って言えばレンズはCanon、中身はSANYOと言われている。デジタルカメラはいつだって技術の組み合わせだ。ただ、Pro90ISが私にとって思い出深いものであったので、E-100RSはどうしても使ってみたいカメラだったのだ。

つづく。。。

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