FinePix 4900Zは瞳の大きなCAMERAだ。2000年9月発売としてはかなり高いレベルで、画良し、メカ良し、質感良しで、満足度の互いガジェットである。

2014

2014

このパワーを感じるフォルムに出会ったのは新宿の中古CameraSHOPだった。地下フロアのガラスケースに入れられていた。ジャンクというわけではなく中古として売られていたのだ。パワーの源はこの大きなLENSだ。換算35mm~210mm相当のF2.8~F3.1の「スーパーEBCフジノン光学6倍ズームレンズ」。当時のニュースリリースでは『7群10枚の全てのレンズに7層以上の最高級マルチコーティングを施した』と謳っており、力の入り具合が伝わってくる。古デジカメだろうが、現行機種だろうが、LENSの良さは楽しみのひとつだ。それが如実に伝わってくるのは嬉しい。この大きな瞳がなければ、私は本機を手に取ることは無かったと思う。リサイクルショップとは違って中古CameraSHOPでガラスケースから出してもらう行為は敷居が高いのだ。とにかくLENSが気になったので出してもらったのだが、無論本機の詳しい仕様はわからない。すぐに分かるのはメディアがスマメで、バッテリーはかまぼこ型だということだけだった。かなり古い機種だ。画素数がわかれば更に推測しやすいのだが、あいにくとどこにも表記がない。品名が4900なので、FinePixの法則から、400万画素でハニカムなので200万画素と当たりをつけた。モードダイヤルにMASPと揃っていてハイエンドであると分かる。ただ、購入する決定打がない。無闇にコレクションを増やす時期は過ぎていたのだ。

2014

2014

その時、モードダイヤルの付け根のリングが回ることに気づいた。2段ダイヤルなのだった。こういうガジェット感に弱いのは男の性なのかもしれない。これが確保の決め手となった。大きな瞳とギミック。私の確保の仕方はこの様に下調べをしない事の方が多い。理由は簡単で何が落ちているのかは一期一会だからだ。ほとんどの機種を把握しておられる方もいると思うが、私はそこまでの記憶力はない。本機の撮像素子は1/1.7型スーパーCCDハニカムの原色フィルターで240万画素。ハニカムで432万画素で記録。この機種に関しては品名の法則が当てはまっていた。気に入った2段ダイヤルの下段のリングはモードのセレクトにも使えるが、絞り優先の時には絞りを変更出来る。実戦向きな仕様だったのが嬉しかった。

2014

2014

LENSが大いに主張しているデザインだが、全体は意外と小ぶりで重さは410gと適度、その割にグリップがしっかりホールドをサポートする。ボディはマグネシウム合金でチープさは微塵もない。アルミ製胴鏡のトップに配されたリングはMF時に使う。ダイレクト感は感じられず、EVF、LCDともに時代なりでピンをつかめるシロモノではないのは残念だ。また、ピントを確認するための拡大表示機能も独立ボタンを獲得しているが、まだ夢に現実が追いついていないと言った印象は拭えない。。視度調節がないのも片手落ちだ。。

2014

2014

胴鏡左手側にはフォーカス切り替え、ズームボタン、露出補正、WB、infoが配されて一眼ライクに使える。一方背面液晶での撮影では背面の十字ボタンでもズームが出来るという仕様。個人的にはフラッシュのON-OFFが物理的ボタンで制御されているのも高ポイントだ。2000年当時にもしこのカメラ1台しか持っていなくても結構満足できただろうなと思う。シンプルなカメラも好きだが、色々弄れるカメラも楽しい。

2015

2015

4900Zを片手に夜明けの街に出たのだが、唐突に新宿の夜明けを思い出してしまった。。今より若い頃、新宿で痛飲して終電に乗ったが乗り過ごし終着駅まで行ってしまい、再びタクシーで新宿まで戻った事があった。酔って電車は乗り過ごしたが、タクシー代が一万円もして、その時点で酔いも冷めた。。

2015

2015

始発までは3時間。。オールナイトの映画でも観ようかと歌舞伎町の方に行きかけたが、ふと、コーヒーが飲みたくなって、アルタの近くにある深夜喫茶に入ることにした。

2015

2015

店は地下にあって狭い階段を降りて行くと、想像したよりは広い空間だったが、灯りは暗くて、客は奥に1人いるだけだった。

2015

2015

入口近くの席に腰を下ろして、コーヒーを注文し、読みかけの文庫本をテーブルに置いたまま。ぼ~っとして過ごした。

2015

2015

しばらくすると、 ドアが開いてあらたな客が入ってきた。若い女性でこの時間帯の喫茶店に似合っている様な不自然な様な不思議な感じを受けた。

2015

2015

その女性は迷った様子もなく私のテーブルに近づいてくると、そのまま私の向かいに座った。そして、紅茶を注文すると、「私、寝ます」とだけ言い残して、テーブルに突っ伏してしまった。

2015

2015

女性は特に酔った様子もなかったようだった。その女性の頭部を見ながら、?マークが浮かぶという事態。。知り合いじゃないよなぁ・・としばらく考えてみたが、私も疲れていたので、まぁ、こんなこともあるだろうと、文庫本を拾い上げて読み始めた。

2015

2015

気付くと私も寝ていたようで、時計を見ると始発がそろそろ出る時間だった。目の前の女性は変わらずに黒い頭をこちらに向けていた。紅茶に手を付けた様子もなく、もう湯気も立っていない。もっとも、私もほとんどコーヒーを飲んでいなかった。。私は立ち上 がると、女性の肩をトントンと軽く叩いて「もう、電車が走ってますよ」と言った。

2015

2015

答えは無いだろうなと思ったが、少しの間を置いて「ありがとう、もう少し寝ていきます」と返した。店の外に出たら、駅に向かう人達が大勢いるのには少なからず驚かされた。オールナイトの客だったろうと思う。空は朝の明るさで、まさに夢から覚めた気がした。皆、一様に重そうな足取りで新宿東口へと吸い込まれていく。どこからか、REBECCAの「LONELY Butterfly」が聴こえてきた。近くに停めてあった車から流れてきたのだろう。まだ、カセットテープとMDが混在していた時代の話だが、いまだに、 この曲を聴くと、この夜の事を思い出す。

2015

2015

なぜ、こんな古い話を思い出したのだろう。確かに夜明けの雰囲気は似ていたと思う。しかし、朝焼け時間の散歩は今回が初めてではない。

2015

2015

ただ、4900Zと一緒に夜明けを写すのは初めてだった。古デジカメを使う時には、どこで出会ってどんな事を思って購入したのか考える。

2015

2015

キーワードは新宿の地下なのだ。新宿の地下で出会ったCameraと昔の体験。人の脳の働きは面白い。無関係な事柄をつなげてしまう。

2015

2015

もう一つ思い出したことがある。目の前でテーブルに突っ伏す前に見た女性の大きな瞳である。出来すぎだなと思う。

2015

2015

本機は発売当初実売で100k凸凹で当時としては普通だと思うが、かなりお買い得だったように感じる。そんな機種がほとんど傷もなく私の前に1.3Kで現れるのだから捨てる神に感謝したい。。現在の最新機種が完成しているとは思わないが、それに比べれば黎明期のデジカメはPCの周辺機器扱いだったり、幼い機械然とした仕上がりだったりして、どこか未完成感がにじみ出ている。古デジカメ蒐集は懐古趣味ではあるが、決して懐古主義ではなく、ダメなところを愛せる心がないといくら安く手に入れられるものでも無価値になってしまうと思う。

2015

2015

本機は64MBで画質FINEだと丁度36枚写せる。フィルムと一緒の感覚で懐かしさも覚える。最高画質のHIで撮影すると撮影枚数は5枚。当時、HIで撮影する人は殆どいなかったろう。これを愛せるかどうかでその資質を問われる気がする。

2015

2015

バッテリはあまり燃費の良くないかまぼこ型だが、前述通り撮影枚数に限りがあるので特に問題はない。バッテリーが切れれば撮影は終わる。

2015

2015

競馬場へ同行させてもいいかなと思う。我が家にとって「ケ」がご近所散歩ならば、競馬場は唯一の「ハレ」の場なのだ。

2015

2015

動き物はダメだろうけれど、とりあえず走る馬にはチャレンジしてみたい。。

2015

2015

このCAMERAとは新しい記憶を作っていきたい。だから競馬場へ連れて行きたいのだ。これを使う度に新宿の朝を思い出すのはつまらない。アルコールはやめてしまった。奇譚は期待できない。

2015

2015

せめて、良い記憶と記録であることを願う。

2015

2015

このCAMERAと出会って、さらにFinePixが好きになったのだから・・。

つづく。。

最近、一番衝撃を受けた新作はLeicaのフルサイズコンデジの発表だ(2015.06)。レンズも良さそうだし、サイズもそこそこ、値段も安い設定なのかなと思う(とは言っても手の出る金額ではないけど)。デジタルのレンジファインダー機には手が届かないけど、フルサイズが欲しいという人にとっての福音だと思う。Leica信者ではないけれど、商売が上手いなと思う。まぁ、この商品は別格だとしても、高価格帯のデジカメが増えている昨今の傾向は各メーカが低価格帯からシフトした結果だが、良い物が手に入る確率は上がったと思う。きっとのちに銘機と呼ばれる機種もいくつかあるだろう。良い物が手に入ると言う事は素晴らしいが、一方で不安もある。これも最近の話だが、SONYが新しいコンデジを発表した。従来の後継機種なのだが、これが実に正統進化していて魅力的である。魅力的ではあるけれど、高額でもある。旧製品となった前作のオーナーは、大枚はたいてある程度の満足を得たはずであるが、新作も気になると思う。気にはなるけれど、そうそう買えない。高いものだからね。デジカメ買い替え理由のトップは上位機種への移行というメーカ主導型なタイプだ。ところが高級仕様ブームの結果、買い換え需要が生み出せないという皮肉な結果になってはいないだろうか。そこが不安なのだ。私は別にカメラメーカの人間ではないが、カメラ好きだ。カメラ好きは新しいカメラを見るのが大好きなのだ。その大好きな新しいカメラが見られなくなってしまってはツマラナイ。そこが不安なのだ。昨日、某カメラ量販店に寄ったが、カメラ館と謳っている店舗の1階がカメラ置き場を縮小され、家電メインに改装されていた。カメラって売れてないんだなぁといった感じ。コンデジのフロアに移動すると、光り輝く新品様がディスプされていたが、その中で一大勢力を誇っていたのが、チェキだった。近年、デジカメの売上を超えたというような報道もあったような(うろおぼえ)。私も古デジカメ蒐集の過程で、1台チェキ機を確保している。これに関してはその内集古散録で紹介予定なのだが、実際にチェキを持っていると、今まで気付かなかった事が見える。まず、普通に近所のカメラ屋さんにフィルムが売っているばかりではなく、カメラ本体も販売されている。他のデジカメは売ってないのにね。。人気があるのがよくわかったのだ。ただ、使っている人を見たことは無い。。こんなチェキ人気もデジカメ衰退の思いにつながるが、実際はどうなんだろうね。Canonは過去最高の出荷台数を記録なんてニュースも昨年は目にしたし、衰退というよりは市場が飽和しメーカの住み分けが明確になった結果としてマニアから見ると予定調和的退屈期に入ったということなのかもしれない。買い替え理由のトップが上位機種への移行と書いたが、普通の人はステップアップを意識してはいないと思う。同じものが欲しくても売っていないのだから、必然的に新しく改良されたものを買うのだ。そもそも、買い換えないという人も多いだろう。スマホで十分綺麗に写せるし、チェキもあるし(笑)。
私は新しもの好きなので、お家の事情さえ許せば新作を買うのもやぶさかではない。でも、これだけ古デジカメを蒐集した結果、新作に求めるものはこの趣味開始以前とは変わってしまった。以前はステップアップを意識したが、今は応援したいものへ投資するという感覚がある。所有しているカメラの後継機種が出たからといって、すぐに買い替えを意識しない。それよりも使ったことのない機種に惹かれる。このBlogで新品を買った時には、「外伝」として載せることにしている。先に告白すると、「外伝」は全部で4回ある。その4回とも応援したいと言う気持ちがあったと思うのだ。応援という言葉が分かりにくければ、情熱への敬意と言ってもよい。よくこの世に出してくれたとお礼を言いたいのかもしれないな。コレクションの隙間を埋めてくれてありがとうと4回言った事になる。ま、綺麗事を並べても物欲と言われれば、それで済んでしまうのだが、それでもいい。所詮コレクター戯言なのだから。
デジカメは発表された瞬間から価値が下がり続ける。古くなって価値が上がることはまず無い。新品を買う事は喜びと同時に次を失うような感覚になる。消費者に淋しい思いをさせてはいけない。カメラ好きは新しいカメラを見るのも大好きなのだが、現行機種を盛り上げてくれるサービスに期待をしている。そこでお金が取れるWin-Winな仕組みが定着すれば、成熟した市場と言えるのかもしれないな。

2002年に発売されたDiMAGE Xを始祖とするMINOLTAの、そしてKONICA MINOLTAのヒット商品 DiMAGE Xシリーズ。最大の特徴は当時謳われた、光学3倍ズーム機の世界最小、最軽量、最薄型。それを可能にしたのが、屈曲光学3倍ズームで、光を90度曲げて、撮像素子を底面に持ってくるという斬新な構造だった。現在では最小も最軽量も最薄も桁違いなレベルになっているが、高品位を保ちつつ、末裔まで系譜を伸ばした功績は一言、偉いと思う。その歴史を簡単に振り返ると、初代x(2002)→Xi(2002)→ Xt(2003)→ X20 (2003 )→Xg(2004)→X21(2004)→X50、X31(2004)→X60(2005)→X1(2005)と続いた。実を言うと、私個人としては全く興味の無いシリーズだったが、例によって集古デジカメという趣味が屈曲光学を手に入れろと囁いたのだった。屈曲ならSONYのTシリーズだろうということで、頭の片隅にそんなことを入れつつ、ジャンクロード(ジャン・クロードって変換されるなぁ)を徘徊したが、彼らはいつもガラス越し・・・結局転がっているのはDiMAGE Xたちだった。これも致し方なし。KONICA MINOLTAのカメラ事業は2006年に撤退、SONYに事業譲渡されたのだから、まずは単純に古いものからジャンク化していくという法則を当てはめると必然的にDiMAGEが転がされることになる。さて、その中で私が確保したのが、XtとXgだ。この2つ、ほとんど同じ。320万画素、液晶モニタ、光学系と同スペック。

2014

2014

幅85.5×奥行き20×高さ67mm、重さ約120gに光学ファインダー搭載は老舗らしい。

2014

2014

この2機種最大の違いは、メーカー名。

2014

2014

Xtをリリースした直後(2003年8月)にMINOLTAとKONICAは経営統合している。KONICAブランドはフィルムで、MINOLTAブランドはカメラで、それぞれ存続していくという予定だったらしいが、ブランドは統一した方が強いのは常識、新ブランドKONICA MINOLTA押しに方針を一変、Xgはそのブランドを冠するためにラインナップされたXtのマイナーチェンジ版と言える。・・とは、そこら中に書かれている情報。
本機はとにかく小さい。それでいてアルミ合金的ボディに品位がある。このシリーズを使う上で最大の注意点は使って5秒で理解する。それは、ずばり指を写さないように気をつける事だ。レンズの位置が正面から見て右上にあるが、両手で構えると左指がちょうどレンズにかかる。これは片手で写すようにデザインされていると理解する。そのため、右の親指でズームレバーやカスタムボタンを操作できる位置に配してある。しかしながらこの機種はホールド感がよろしくない。引っ掛かりがない。なので、まずは両手で構えてしまう。ストラップは必須でこれを右手に巻きつければ片手での撮影も軽快になる。カスタムボタンに露出補正を割り当てれば、機動力のあるカメラになる。あとはカメラまかせ。起動は激速、AFも読み込みもとにかく速い。メディアはSD。ひとつだけ残念なのは、バッテリーを入れた状態でも電源を切ると次に立ち上げる時にフラッシュの設定がAUTOに戻ってしまうところだ。スナップでは致命的とまでは言わないが、気を使う。このような機種に幾つか出会ったが、フラッシュに重きを置いている感じがレトロだなと思う。これも集古デジカメの味かも知れない。レンズは換算37-111mmと標準的守備範囲だ。

さて、まずはXtの写真から。。

2014

2014

周辺は落ちている。

2014

2014

ノイジーだが、気になるほどではない。

2014

2014

現場では背面の小さな液晶で確認するしか無いが、ホントに写っているのか判別しづらい。てか、何を写しているのかよく分からない・・くらい見づらい。光学ファインダーがあって良かったというか、液晶の見づらさが分かっていたからファインダーを付けたのかもしれない・・・微妙だな。PCで確認するとその場の陰鬱な感じがよく描かれていた。

2014

2014

夜スナップ。。気合が足らないとブレる。

2014

2014

しっかりホールドすれば、この程度は写ってくれる。

2014

2014

これは若干ブレ。

2014

2014

月と指w。

2014

2014

ここからはXg。

2014

2014

良い感じ。優しい。

2014

2014

キャベツたち。。

2014

2014

銀杏並木。意外といじれるデータだった。

2014

2014

葉っぱのつやつやがいい感じ。

2014

2014

寄れる。マクロの描写は良好。

2014

2014

やはり周辺落ち。。

2014

2014

夜スナップは気合がいる。

2014

2014

11月初頭にツリーな街。

2014

2014

周辺落ちに加え、歪みも出る。ソフトで補正を掛けていないのかもしれない。何でもそうだろうけれど、カメラも使ってみないと良し悪しは分からない。見た目とは反して、本機はスナップシューターとしてありだと思う。GR DIGITALと並べても遜色はない。より街に溶け込める自然さは、小さい分だけ本機の方が上かもしれない。惜しむらくはフラッシュ制御のメモリ機能がない事だ。

つづく。。

 

変わったものを持ち歩くというのは、妙に気が引けると同時に楽しい気分にもなる。20代の頃、友人たちとよく飲み歩いたが、ずいぶんとくだらない事をした。刺身の船盛りといえば鯛の尾頭付きが定番だが、譬えば、これを食べ終えた時に鯛の頭がなくなっていたら、店員はどんな反応をするのだろうか?という実験をしてみた事がある。結果から言うと、一瞬おや?という反応をみせて、テーブルを見回したが、それ以上は態度を崩さず、船を下げた。まぁ、一瞬でも不審と思ってくれたから成功と言える。ただ困ったのは鯛の粗の処置だ。その時はたまたま友人のひとりがコンビニ袋を持っていたのでその中に隠したのだが、仕方がないので、そのまま持って店の外に出た。そして、鯛の頭を囲んで記念撮影をした。今みたいに携帯もない時代だったから、当然フィルムカメラだった。その写真は今でも持っている。その時、鯛の尾頭を持って歩いていると思うと可怪しくて仕方なかった。多分酔っていたせいだろう。
あるカメラについて調べている内に別のカメラを知る。この波紋のような効果で別の機種が欲しくなるという2次的産物が生まれることがある。それもまた愉しからずや。。RICOHと言えばデジタルカメラ分野ではGRで切り開いた独自路線で現在も突っ走るスナップシューターの雄であるが、GR以前のデジタルカメラにも尖った機種が存在していたと知ることになったのは過去に紹介したCaplio RXを調べていた時の事だ。デジタルカメラの夜明けともいうべきCASIOのQV-10の少し後に発売されたDC-1という機種の格好良さに一目惚れしたのだった。この時期のデジタルカメラはPC周辺機器としての性格が大きかったと思うが、コンシューマモデルのQV-10に対して事務機器的なスタイルで押してきたDC-1の硬派な感じが琴線に触れた。70kを切った価格で市場に出てきたQV-10も衝撃だったが、DC-1は150k超えだったようだ。デジタルカメラがまだまだ遠かった時代のお話だ。RICOHに関しては積極的には探さないと考えていたが、せっかく古デジカメ蒐集をやっているのなら欲しい物を手に入れようと探し始めたのだった(一期一会の法則から逸脱を始めたのだ)。ただ、95年製のカメラはそうそう見つからない。徘徊コースで探すという事の限界も感じ始めていた頃で、ネットショップのチェックもしてみたが、探している内に40万画素だし、外付け液晶は確認用だし(撮影時には使えない)、メディアは聞いたこともないカードみたいなものだし、ガム型電池だし・・・と、テンションが下がっていくのだった。そして情熱がなくなった頃、某カメラショップサイトで検索をかけていたら、似た機種が引っかかった。それが、今回紹介するRICOH RDC-7s(2000年11月発売)で、DC-1の血を受け継ぐImage Capturing Dviceだ。ちなみにこの系譜は更に2世代受け継がれ2003年に発売されたRDC-i700 model Gまで続いたようだ。

2015

2015

DVDプレイヤーのような、コンピュータのような、知らなければデジカメだとは思わない風貌だ。右側の大きなボタンがシャッター。

2015

2015

少し角度を変えてみると、サイド面の真ん中にモードダイヤル、直ぐ右側にファインダー。

2015

2015

反対側。真ん中にレンズ。左にファインダー窓とフラッシュ。右にあるボタンが縦位置で構えた時のシャッター。

2015

2015

液晶を見せた状態で閉めることも出来る。ローアングルに強い設定。

2015

2015

ボタン類。

2015

2015

裏。三脚穴の周りにはすべり止めのラバーがデザインされている。ズームレバーは裏側にもある。独特のスタイルと言える本機だが、意外と撮影しやすい。現在は背面液晶がバリアングルされてローアングル撮影も普通に出来るが、本機のようにカメラをホールドする部分と液晶が離れていると安定感が違う。また、本機を縦に構えるビデオカメラスタイルでは自然に手の位置が決まり収まりが良い。新書版程度の大きさで凹凸もなく滑らかなフォルムで収納スペースを選ばないのは便利だ。この一見何の機材だかわからないガジェットが、デジカメだと思うと愛着がわく。メディアはスマメ。そして、電池はかまぼこ型。ネットで発見したと書いたが、その時、強烈に惹かれたのはこの不思議な形だけではなくて、実は充電器がセットでついていたところだ。本機に出会うまで、かまぼこ型電池の充電には苦労していたのだ。私はデジカメの充電は充電器で行う派なのだが、かまぼこに関しては仕方なくカメラ本体にコードをつないでの充電を余儀なくされていたのだ。この蒲鉾電池と縁が切れない理由は縦型FinePixに使われているからで、ぜひとも充電器が欲しかった。所有しているマルチ充電器では上手く固定できないのだ。私の所有しているかまぼこ型電池は2種類あって、長さが短いタイプがこの充電器で利用できる。長いタイプは切り込みが異なり充電器にはまらない。

2015

2015

レンズは換算35~105mm、F2.6~3.4。撮像素子は1/1.8型 334万画素原色CCDと十分なスペック。RICOHの伝統といえるのか分からないが、インターバル撮影機能や1cmマクロを搭載している。ファインダーの見えは悪くはないレベル。脱着式レンズカバーが付属していたが、これをレンズに着けた状態でファインダーを覗くと視界を遮る様に出来ているので、着けたまま撮影という失敗を防止してくれる。液晶を使っての撮影だが、起動は2秒ほどで待たされる感じではないが、屋外での見えは良くない。

2015

2015

画質はすこぶる良質だ。近代的な描写だと思う。15年前のものとも思えない。

2015

2015

曇の日でもこのくらいは写ってくれる。雲がペッタリしていないのは好感。

2015

2015

それでも条件が揃うのならば晴天で使いたい。ファインダーで十分構図は作れる。

2015

2015

シャッターの感覚が若干分かりづらいのは個体差だろうか。半押しのつもりが押し込んでしまったと言うことが何度もあった。

2015

2015

機動力戦では厳しい。光学ファインダーがあるものの、動きものには向いていないばかりか、CAMERAを動かしながらの撮影も難しい印象。じっくり系のCAMERAだと言える。

2015

2015

じっくり構えればAFもさほど迷うこともない。

2015

2015

よく二眼レフのお辞儀ポーズは、被写体に威圧感を与えないと言われる。背面液晶のバリアングル機能やスイバルモデルも同様の効果がある。本機に至っては更に効果が上がっているのではと感じる。

2015

2015

特にキャンディッドフォトにおいて、この風変わりなオブジェはCAMERAにすら見えないように思う。それでも、この変わった形を持ち歩いていると他人の目が気になる。何を持ち歩いているのか気にしているのではないかと思ってしまう。

2015

2015

しかし、結果としてそれが楽しい。似たような感覚を以前も体験したなと考えていたら、思いついたのが、KYOCERAのSAMURAIだ。あれも変わった形をしていた。そして、それを使うことが楽しかった。

2015

2015

ところで、このカメラはフリーアングルモニターと接写能力の相乗効果で草花の撮影に向いている。実に楽に写せる。そして、カメラとも思えないコイツで撮影していると何か特殊な装置で観察しているような気分になる。

2015

2015

意外だったのはボケが綺麗な事だ。現在の1cmマクロのボケはどこか作った感じを受けてしまうのだが、本機のそれは純粋なレンズのボケという印象だ。

2015

2015

本機は多機能でもある。譬えばPROモード。これは2回露光して合成し、700万画素相当の画を出してくれる。メディアが64MBしか持ってないので、数を撮りたいとなるとなかなか試せないモードなのだが、次に持ち出す機会には試してみようと思う。

2015

2015

また、分割撮影も出来る。これは画面を2分割して合成するモードで、所謂カップリングショットだ。このビジネス押しの商品に必要なのか疑問ではあるが、簡易立体写真が出来るので、私的にはありがたい。

2015

2015

鯛の尾頭で味をしめたので、もう一度だけ似たような実験をした。それはすっぽん鍋を食べに行って、鍋の底に沈んでいるすっぽんの甲羅をなくしたら店員はどうなるのか?という試みだ。くだらないイタズラだと思う。友人のひとりがトイレに行って手拭き用のペーパーを多めに貰ってきた。その友人はそれで甲羅を包んで、懐に仕舞ってしまった。この時は鯛の尾頭以上の反応があった。何しろ鍋の締めは雑炊と相場が決まっていて、そのために出汁用に入れておいた甲羅を取り出さないとならないからだ。我々は、すっぽんは甲羅が一番美味いからもう食べてしまったと言い張り、すみやかに雑炊を作らせた。今思えば、骨以外はまだ食べられる部分があったから勿体無かったが、20代の若造がすっぽんを食べ慣れているわけもなく、惜しいことをした。店を出て、例によって皆で記念撮影をしてると、通りすがりの若い女性がすっぽんの亡骸を発見し、叫び声を上げたのにはこちらも驚いた。思えば新宿での事だったのだ。その時も街を歩きながら、すっぽんを持ち歩いていると思うと可怪しくて仕方がなかった。ちなみにその時の写真もまだ持っている。
年を取って風変わりなカメラを持つだけで満足できるようになったのは成長の証ではないだろうか。確保した個体は傷ひとつない綺麗なものなので、大事に使っていきたい。叫び声を上げられる事もないだろう。

つづく。。。