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いかにも入力デバイスと言った風情だ。両手で包むように構えるとその思いは更に強まる。液晶の両側にボタンがデザインされていて、ゲーム機かコントローラーの様なのだ。カメラ好きとしてはとっつきにくいデザインだと思う。何かカメラという感じがしないのだ。コレが所謂デジカメ未来派の急先鋒、レンズ回転式デジカメの弱点ではないかと思う。未来派ではあるもののどこか古臭さがあり、過去の遺物のような雰囲気だ。デジカメ黎明期では未来派だったこのスタイルも、未来になってみればすっかり見なくなった。古デジ徘徊コースで幾度か出会っていたものの、その外観に魅力を感じられず、視界には入っても手に取ることもなく打ち過ぎた。或る日、某中古カメラ店のジャンクコーナーはいつもと違っていた。なんとその日に限ってジャンク置き場にデジカメが1台しか置いてなかった。そのお店は徘徊コースではもっとも遠い店で折角来たのにコレかよという思いは起こったものの、ジャンクは常に一期一会。コレも何かの縁と初めてこの機種を手に取ってみた。SONYのデジカメの大半はレンズにCarl Zeissの銘が冠されている。この魅惑的なブランドは写真をやる者にとっては永遠の憬れだと思う。もしこのカメラに買いの要素があるとすればそこかなと考えた。しかも、よく見るとDistagonの文字。このカメラのアイデンティティはここに尽きるような気がする。Carl Zeiss Distagon 2.8/6.85。私はこの文字に0.5kを支払った。確保した個体は典型的なスペックジャンクで完動品だった。バッテリーを持っていなかったので、ネット注文で取り寄せた。当然このカメラより、バッテリーの方が高かった。ジャンク遊びではよくある事だ。
本機はCyber-shot DSC-F55Vと言う。2000年7月発売という年代モノだ。プレスリリースによると発売価格は880K。300万画素にCarl Zeiss付きだが、単焦点ということで評価が別れただろうと思う。購入の決めてとなったブランドレンズは換算37mmF2.8と一般的なDistagonとしては望遠に感じてしまう。これが20mm前後だったら歴史に名を残したかも知れない。レンズ先には30mmの凡庸的なフィルター径でミゾが切ってある。燃料は専用リチウムでメディアは当然MS。ソフト的には特に取り立てていうこともなく、今となってはロースペックなカメラといった感じ。ただ、メニューの設定が被写体を表示した状態で行えるタイプなのは便利だ。デジタルカメラというとソフトの面でフィルムカメラよりはるかに自由度が高まったが、黎明期においてはまだまだ能力を発揮していない。それでもISOの変更やカラーエフェクトなどで十分なアドバンテージを感じさせていたのも事実だ。それが、近年ソフト面が発展してくるとハード面がフィルム時代に戻っていくという現象が起こっているのは面白い。本機の最大の売りは回転式レンズだ。このとっつきにくいスタイルが使用してみると実に使いやすい。ウエストレベルで構えることが出来るのは大きな武器だ。現在は背面液晶がバリアングルになっているので似たような効果を得られるが、何しろシャッターの位置はウエストレベルに対応してくれない。そこが、回転式レンズやスイバル方式の大きなメリットだと思う。

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狭いラチチュードは年代なりだろうか。被写体を選んで撮影しようと思う。「今後こうしていこう」と決める時は、期待と不安が同居するものだ。私はそれほど強い信念も無いから、いつだってそうだ。古デジカメ蒐集を始めた時でさえ、続けていくかどうか迷ったのだ。高校生の頃の話だが、私は叔父から貰ったクラシックギターがキッカケで、ギターの練習を始めた。手の小さい私はネックの太いクラシックギターに難儀したが、少しずつコードを覚えていった。

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友人の中には、メタルにはまっていた奴が居てエレキギターで見事な速弾きをマスターしていた。私はお金を貯めて、安いものでもいいから自分のギターを買おうと決めていたが、エレキにするのかフォークにするのか決めかねていた。何が弾きたいのかではなく、どういう機能を手に入れることが出来るのかという基準で悩む辺りは、今も全く変わっていない悪い癖なのかもしれない。

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エフェクターで音が作れるエレキに魅力を感じつつも、コードをかき鳴らすフォークの美しい響きも棄てられなかった。或る日現物を見に御茶ノ水まで出掛けて行った。もう、お店の名前も忘れてしまったが、そこで見た黒いフォークギターに一目惚れしてしまった。しかも、私の好きなヤマハのフォークギターだった。

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値札を見ると手持ちのお金より5000円ほど高かった。買えないけれど、触るくらいはいいだろうと店主にそう言って天井近くに掛けられていたギターを下ろしてもらった。一目惚れした理由は美しいトップやサウンドホール周りの意匠だけではなかった。そのギターはエレクトリックアコースティックギターだったのだ。フォークだけどピックアップも付いているという機能が気に入ってしまったのだ。定食ならミックス定食を注文するし、腕時計ならクロノグラフを選ぶ性格がここでも出た感じだ。

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店主は私にギターを手渡しながら、いまなら○○円にまけるよと言った。それは私の所持金でお釣りが来る値段だった。ありがとう、これからはエレアコでいくよと思いながら、弦を弾いた。

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結局そのギターを買ったが、期待と不安が入り混じった瞬間でもあった。その後、エレキが欲しくなることもなく、3年間は暇さえあればギターの練習をしていた。今まで続いていたら良い趣味になったかも知れなかったが、高校を卒業と同時に新たな趣味を持つようになり、ギターはやめてしまった。

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古デジカメ蒐集は私の中では最新の趣味だ。その趣味も蒐集という観点から見れば終了している。今は集めたカメラたちと過ごす日々に趣味の主眼が移行しているのだ。こうやってweblogを更新しているのもその一環となっている。ただ、今でもたまにジャンク屋めぐりをしている。月一位の頻度だが、徘徊趣味が残った形だ。そこで、欲しいものがあれば拾うこともあるが、大抵は見るだけで満足している。そんなリサイクルショップ巡りで新たに気になりつつあるのが、実はギターなのだ。

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勿論、CD,DVD、ゲームソフトなど私の定番の趣味に関するコーナーは必ずチェックするのだが、とあるショップでサイレントギターの出物があったのを見て以来、ギターもチェックしている。ギターは騒音の問題があるので、手が出せないという頭があったのだが、サイレントギターという手もあるのだなと気付かされたのだった。

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その後少し調べてみると、何もサイレントを買わなくても、エレキで十分代用になるという事を知り、以来エレキをチェックしている。さすがにジャンクデジカメのようなわけにはいかず高額で手が出ない。手は出ないが、見ているだけでも楽しめる。美しいなと思う。部屋の片隅にギターが立掛けてある生活をもう一度体験したいものだと思う。

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会社の同僚で、子供も手が離れて夫婦ふたりで何をすればよいかわからないとこぼしていた人が、最近エレキギターを始めたと話してくれた。やはり昔かじった事があるらしいのだが、時間つぶしとストレス解消とボケ防止に良いと言う話だ。

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私もエレキは気になるが当分買うことはないだろう。休日は競馬とCAMERAと共に過ごすことで十分だからだ。私のラチチュードもこのCAMERAと同様かなり狭いのだ。ラチチュードが狭い古いDIGITAL CAMERAは陰を入れてアンダー気味に写した方が、白飛びを出すよりマシだと考えている。ハイキーな写真も嫌いではないが、よりローが好きなのだ。このCAMERAはローキーで行こうと決めて以来、夜スナップに連れて行きたいと思っていた。

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本機は普段持ち歩くにはボディが大柄なのだ。私の通勤用の鞄に入れると結構かさばる。会社帰りの夜スナップに持ち出すには決心が必要なのだった。それでも、1箇月くらいは持ち歩いたが・・・。

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昼間の撮影ではかなり苦労したが、夜のスナップは快調だった。出てくる画が好みなのだ。勿論ノイズは乗るが、嫌な出方ではない。

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本機は地下街や夜スナップで真価を発揮するのかもしれない。もっともそれは、手振れに気をつけて、AFの合焦を待ち、書き込み時間を我慢しての事だが。

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自分なりに何かの評価が出来れば、そのカメラを漂流させずに所有しておく理由になる。何もなければ総数制限から考えてリストラの際に漂流させるのも仕方がない。置き場所はこの趣味では大きなウエイトを占めるのだ。

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夜スナップをしていると、レンズ回転式の便利さが際立つ。キャンディッド、ホールディングにおいてだ。

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いつものドンキ。

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昼間の写真の出来からは想像できないような美しい仕上がりが嬉しい。

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回収されないゴミ。

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いつでも初詣気分な混み具合。。

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イケセイ。。撮影のテンポは緩慢な動作に狂わされるが、それこそ古デジカメ蒐集の醍醐味だろうと思う。

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さて、最後はマクロで花写真。丁寧に光を選んでみる。

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それでも、赤は厳しい。。

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でも、これはこれでこの時代のカメラにしか写せない情景なのかもしれない。

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何もかもがはっきり写る今のカメラも嫌いじゃない。

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と同時に、全てを写さない優しい描写は古デジの良い所のひとつだとも思うのだ。

つづく。。

Caplio R3は発売当時、私にとって夢のスペックを搭載したカメラだった。白眉はレンズで換算28~200mmと広角良し望遠良しで、28、35、50、85、105、135、200mmのステップズーム付き。しかも手ぶれ補正ありなのだ。そしてマクロも1cmまで寄れるのはRICOHの売りだった。撮像素子は1/2.5型の有効513万画素CCD。ISO800があるのも好印象だった。GRDのムック本の裏表紙にR3の広告が載っていて欲しいなぁと思った記憶が残っている。実際量販店に見に行った事もあった。50K位での販売だったように思う。結局、この手のスペックを手に入れたのは、R4、5、6、7、8、10、CX1と7世代を超えてCX2まで待たなければならなかった。。そんな欲しかったR3が実にあっさりとリサイクルショップの青箱に転がったのだ。。0.1K。スレが目立つ典型的なジャンク。出会った時にはすでにRXを所有していて、RICOH的に探しているのはDC-1という機種だったので、こいつは拾わなくて良いかなぁ・・と逡巡した。0.1Kなのに迷うのは、そろそろ古デジの総量が制限いっぱいの時期だったのだ。結果として結界は壊滅した。何事も悔いを残さずやり切るというのは大変なことなのだ。ひょっとしたら、壊滅への道はこのR3を確保したところから始まったのかもしれない。。なぜ、確保したのか。それは、とある思いつきだった。以前にも書いたが、いままで、古デジならではの楽しみとして、赤外線カメラへの改造をしてある程度の満足な結果を得た。古レンズも組み換えをしたり、古フィルムカメラのレンズをEOSマウント化したり、それなりに楽しんでいたのだ。このR3を拾うかスルーするか考えていた時に思いついた遊びがあった。それは「前玉外し」だ。とあるレンズの前玉を外すとマクロレンズになるというのが基本の遊び方。これをコンデジでやろうと言うわけだ。実際いつも拝見しているインプレスのデジカメWatchにはRICOHのデジカメの前玉外しを敢行した記事があったのを記憶している。まずは改造前に撮影した写真を少し。改造前の本機の姿は撮り忘れてしまった。

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まずは、いつものパターンで低感度設定(ISO64)にしてブレ写真を。これをモノクロ変換するのが私のスナップの設定のひとつ(いちいち言う事でもないか)。

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ブレは写真表現だと思っているが、画質の参考にはならないな。

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それでも、人を写す時にはこのくらいの方がいい。起動は少し待たされる印象で、動作音も盛大だが、これは私の個体だけかもしれない。液晶はノイジーであまり気持の良いものではない。RICOH RXの出来が良すぎたので、どうしても比べてしまうのだ。こちらの方が新しいのだが・・・。使い勝手はアジャストボタンがついたいつものRICOHという感じで安定の使いやすさだ。

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ISOを上げた(AUTO)。。

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画創りはRICOHらしい描写で、控えめな色とピシっとした線。。ただ、ノイジー。 さて、前玉外しだが、会社の昼休みにおもむろにレンズを切ってみたのだ。

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マンガみたいな結果になった。。カッターで地味に時間をかけて切った。15分位かな。。コレで写らなかったり、レンズエラーで撮影が出来なくなっても自己責任なので、仕方ないと分かってはいても電源を入れるまでは緊張した。起動は出来て撮影出来る状態になったものの、やはりピンは来ない。ワイド端でも標準域でもテレ端でもピンボケ。でも、コレも想定内でRICOHお得意のマクロモードにすると合焦してくれた。良かった。。0.1Kでこれだけ楽しめるのだから、お安い趣味だ。コレが所謂「前玉外し」。本来ならば本体をばらして外せば良いのだが、レンズの先端は最後の最後まで解体しないとたどり着けないので、胴鏡を切るという暴挙が確実だ。ただ、切ってみて解ったのだが、前玉の胴鏡は2番めの胴鏡に引っかかっているだけのようで、前玉銅鏡の根元部分をじっくり潰していくか、せり出しの回転方向に更にひねってやれば外すことが出来ると思う。これこそ古デジでなければなかなか決心のつかない遊びだと思う。ジャンクとはいえ完動品なので、若干気が引けたが、ボディが傷だらけだったので決行したのだ。

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正面から見るとこんな感じ。。で、どうなったかというと、

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2015 中山競馬場

画角がワイドになってくれた。。もともと28mm始まりなので広角に弱いわけではないが、これは21mm相当はありそう。ただ、周辺は流れたりボケたりしている。また、歪曲がすごいが魚眼風と思うことにした。

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2015 中山競馬場

早速競馬場へ連れていったのだ。。

2015 中山競馬場

2015 中山競馬場

広角のコンデジを入手出来た。しかも本機は非常にコンパクトなので価値がある。。デカイコンバージョンレンズがいらないのだから、携帯性も文句ない。

2015 中山競馬場

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後ろ姿。。ロゴが擦れている。液晶も傷だらけだ。おそらくジャンク箱の中で付いた傷が大半だろうと思う。

2015 中山競馬場

「憧憬」 2015? 中山競馬場

広角は色んなモノが写り込むので難しいが嫌いではない。私が写真をWebに載せるようになった時に、もっとも影響を受けたブロガーさんが広角レンズ好きで、それは今も変わらず、常に素敵過ぎる写真を公開し続けてくれている。なので広角スナップはいつも憧れなのだ。こんなお遊びで広角コンデジが出来るのなら楽しいと思う。

2015 中山競馬場

ハイセイコー像 2015 中山競馬場

久しぶりのハイセイコー像in中山。。

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手前の黄色いラインは本来真っ直ぐ。カンカン場前の着順別の仕切りの写り方も面白い。今までの写真は結構歪曲に気を使って写していたが、歪曲させると・・・

2015 中山競馬場

2015 中山競馬場

こんな感じになる。

2015 中山競馬場

2015 中山競馬場

結構魚眼。。

2015 中山競馬場

プリサイスマシーン 2015 中山競馬場

中山競馬場へ行ったら、会いたい馬がプリサイスマシーンだ。この日は運良く展示の仕事をしていた。チェックがお似合いだ。ということで、まぁ、「前玉外し」(というか壊しただけ?)は成功という事にしよう。今回マクロが試せなかったので次回はその辺を突き詰めてみるつもりだ。

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ところで、外した前玉だが、棄てずに保管しておいた。兎角こうやってレンズが増えていくのもこの趣味の特徴なのだが、今回は使い道を考えた。

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外した前玉をひっくり返して着けてみた。「前玉返し」と呼ぶことにする。究極の収差を楽しむお遊びだ。どうなるかというと、

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いつものドンキ。。流れる。。レンズベイビーのコンデジ版かも。。

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ピントが合うのは中心のみ。もう少しでケラレが円になるのだが、コレが限界だった。

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都会の夜の花火。。

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ケラレが黒なので夜が似合うかもしれない。

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光を利用した周辺流れはわかりやすくて良い感じだ。

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レンズが安定していないのかケラレがズレる。しっかり固定したいところだが、広角コンデジとしても使いたいので、両面テープで貼っただけの運用なのだ。

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おウマちゃん。

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Suicaのペンギン。。

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ハッピーーーーと伸ばしてみた。。

改めて前玉返しを見てみると、もっと大きなレンズを前玉に使えば、ケラレがない状態も可能かも知れない。もう1台やってみようかな。そうすれば、片方は広角、一方は前玉返し専用に出来る。おっさんがこんな他愛のない事で遊んでいるのだから平和なお話だと思う。しかも、元手は0.1Kと少しの勇気だけだ。

つづく。。。

カップリングショット、カップリング合成、合成ツーショットなどと呼ばれるデジタルカメラのエフェクトがある。これは画面を2分割して、二人が交互にお互いの写真を撮り、それが合成されてあたかも二人揃って撮影したかのように見えるはずの面白機能だ。携帯電話などでも一部採用されているようなので、ご存じの方も多いだろう。巷ではこの機能誕生と同時にステレオグラムが創出され続けている。かくいう私も古デジカメ蒐集で初めてこの機能を知るに至り、古デジ趣味の派生モデルとして、立体写真を楽しむようになった事は、本編に詳しいが、これは我が家にとって実に約20年振りのステレオグラムブームとなる。とりあえず再掲載で申し訳ないが、我が家のCASIO EX-Z50。

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こいつはボディをマスキングされ中身は赤外線カメラ化されており元の写りは試しもしなかったのだが、考えてみたらCASIOなのでベストショット機能があるはずと確認してみるとキチンとあった、カップリングショット。というわけで、デジタル赤外線ステレオ写真を写してみた。平行法でどうぞ。樹の幹は感じが出ていて面白い。

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斯様に古デジたちでステレオ写真を楽しんできたが、やはり不満は残った。まずは我が家のこの機能を持っている古デジたちは基本的に液晶が小さい上に晴天下では見づらい。スナップに関しては全く問題ないが、ステレオ写真では致命的と言える。しかも、モードの説明文がスーパーインポーズされて見にくさは倍増。これに関しては通常の使い方でも気になるレベルだ。さらに問題は液晶だけではなく撮影方法自体にもある。それはカメラの平行移動が大変ということだ。一脚や三脚を使えば良いのかもしれないが、あいにくと私は三脚とは縁のない写真生活を送っているのでミニ三脚しか持っていない。 まぁ、お手軽にやろうという考えから、このあたりはかなり不利なトレードオフではあるのだが・・・。更に言えば、動いているものが撮れないと言う事もある。車を写そ うとしても走行中ならば1枚撮ったら、もういない。これらを克服したいという気持ちが起こるくらいステレオ写真に傾倒しておる昨今、なすべきことは何なのか。。

そもそも、ステレオ写真はカメラの発明と時を待たずして出現している。つまりステレオカメラの歴史自体19世紀から続いている。故に歴史的価値のあるステレオ写真が多数残されており、当時の有名人や風俗、建造物などが現代でも立体に再現できると言う事は素晴らしいと思う。また、これらを撮影したステレオカメラが非常に美しいものが多いと言うのもガジェット好きにはたまらない部分だ。機械式カメラの美しさを堪能できる機種が多数あり、欲しいなぁと思う反面、使わないよなぁという気持ちも起こり、手を出すには至ってない。この写真の誕生と共に起こったステレオ写真のブームを第1次ブームとすると、1990年代に起こったステレオグラムブームが第2次ではないだろか。これは貴方も記憶していると思うが、大ブームだった。写ルンです用ステレオアダプターやPENTAXのステレオアダプターDセット(実際はブーム前に存在していたようだが)など、自分の手でステレオ写真を写せるアイテムから、CGを駆使したステレオグラムやステレオ写真関連の出版物も多数登場した。また、各地のミュージアムで展示会が催されたり、テレビなどでも取り上げられるなど、日本的「裾野の広がり方」を展開して現在にまで、その遺伝子を残し文化として定着させたムーヴメントだった。カメラのブームとしても、トイカメラブーム、ミニチュア写真ブームと並ぶ大きな足跡ではないだろうか。また、写真測量、実体視などという豆知識も当時のマニアを喜ばせたりした。我が家でも、アダプタは勿論のこと、関連書物も20冊ほど蔵書していた(アラーキーの写真もあるのだ)。そして第3次ブームと言えるのが、2010年テレビ3D化元年と呼ばれたデジタル3Dブームであろう。各メーカから3D観賞用ディスプレイ、テレビ等々が発売され、いよいよ3D時代かなと思われたのもつかの間今ひとつ弾けることはなかった。アミューズメントパークのアトラクションや映画で楽しむ程度が丁度良いという空気が流れたのも事実で、それでも確実に新たな3D映像ファンを作り出したのではないだろうか。ただ、現在から俯瞰すると新たな市場を作ろうとする作り手側のブームだったなという印象は否めない。メガネが必要だったり、見る位置が限定されていたりと個人で楽しむには障碍が大きかったと思う。将来3Dホログラムが個人で楽しめるようになれば、また、ブームは起こるかもしれない(サッカーや競馬が楽しめれば、それは買いw、いずれにしろコンテンツの量が大問題)。。そんな中で、成功したと思われるのがニンテンドー3DSではないだろうか。裸眼で見られるし、3D写真も撮影できるし、コンテンツも多い。何より出荷台数がそれなりにあるのは強いと思う。また、それとは次元は違うが、デジタル3Dカメラもいくつか発売された。機械式カメラ同様レンズが2つ必要なわけなので、ひと目見て只者ではないなという感じがして、特別なカメラと言った印象だった。SONYやPanasonicはもちろん、海外メーカやTAKARA TOMYまで(参照:フィルムだが、HOLGAからも)様々なモデルが登場した。第二次ブームで育った私にとっては夢のカメラで、それらで撮影したデジタル3D画像を分離させて裸眼立体視で楽しむだけで十分満足出来ると思わせた。19世紀、20世紀、21世紀と脈々と続くステレオ写真ブームに私も丸乗りしようとした時に、これらの3Dカメラを買っちゃおうと考える事はごくごく自然なことだと思いませんかw。。

ということで、今すべきことはカメラを買うといういつもの結論で面目ないが、このweblogはそもそもこういう企画なので、今回も自腹を切ることにした。さて候補だが、ニンテンドー3DSは魅力的なのだが一旦保留で、今回はズバリ3機種。

Panasonic LUMIX DMC-3D1 (2012年 2月16日発売)

SONY Bloggie 3D MHS-FS3 (2011年 4月22日発売)

富士フイルム FinePix REAL 3D W3 (2010年 9月 4日発売)

2015年7月現在、全てとっくに生産終了品。。今後の新商品に期待したいところではあるが、現状手に入れることが出来る機種で、ある程度の満足が得られるのはこいつらかなぁと考えてのピックアップだ。当然新しい方が画質的には有利だろう。まずは普通のデジカメを選ぶように比較してみた。最初に外観だが、Panasonic>SONY>富士フイルム。
Panasonicは普通のコンデジにレンズを追加しただけというデザインがインパクト大だ。歴史あるステレオカメラの正当な遺伝子を持ったデザインと言える。SONYは2つのレンズをデザインに取り込んで新しい顔を作り上げておりクール。さすがSONY。背面のデザインまで入れるとこちらが良いかもしれない。富士フイルムはかつてお家芸だったスライド式レンズカバーを採用しており、これがつまりは余計な一手間で先の2機種がシンプルゆえに気になる。可動箇所は少ない方が壊れづらいわけだから。その代わり、レンズ収納時にはガジェット感がUPする。
つづいて、センサーとレンズ。
Panasonic、1/2.3型 総画素数1280万画素高感度MOSセンサー×2 レンズ35mm判換算:25~100mm
SONY 、  1/4型 総画素数510万画素? “Exmor”CMOSセンサー×2 レンズ 35mm判換算:47mm
富士フイルム、1/2.3型 有効画素数1,000万画素CCDセンサー ×2 レンズ 35mm判換算:35~105mm
圧倒的に不利なのがSONY。ただし単焦点レンズ採用は好みだ。Panasonicと富士フィルムは同じ撮像素子サイズだが、かたやMOS、かたやCCD。画素数的には富士フイルムの方が少ない分好印象だが、高感度では不利だろう。どちらもズームレンズ搭載だが、25mm始まりのPanasonicの方が好ましい。ここまでで私にとって一番価値のあるスペックはPanasonicの25mmレンズとなる。次にソフト面をみると、デザインのところで触れたPanasonicの普通のコンデジにレンズ足しちゃった感じは機能にも現れていた。とにかく普通のコンデジとしての機能はカバーされているようだ。連写もAF連写で秒4コマとはハイスペック。。SONYは割り切ったスペックだ。動画に特化した感じ。内蔵メモリ8GBは立派。富士フィルムもコンデジとしての機能はひと通り揃っているがAF連写はない。
以上は2Dに関する部分だが、3Dカメラとして見た場合、結構違いがある。最大の違いが背面液晶だ。私は基本的に裸眼立体視にコダワリたいので普通の液晶で十分と考えているが、3D観賞用の液晶になっていた方が嬉しいw。。Panasonicのみ2D液晶で、SONYも富士フイルムも3D液晶を装備しているのは大きなアドバンテージとなる。次にレンズの間隔。これは狭いほど立体感が出にくく、離れているほど遠景に強くなると言った認識なのだがどうだろう。おそらく私は少し離れた被写体を撮影することが多くなると考えているので、ことレンズの間隔という比較では富士フイルムが圧勝。逆に狭ければマクロも行けるだろうと思うのだが、一番レンズ間隔の狭いSONYにはマクロモードがついていないし、しかもフォーカスはパンフォーカス。その点Panasonicは狭い間隔を活かしたマクロにも対応している。この時点でおしゃれ番長のSONYとはご縁がなかったということになった。
競馬を撮る身としては、Panasonicの連写には惹かれるのだが、なんと3D撮影はAUTOのみで、しかも絞りは2段階。富士フイルムはP、A、Mと揃っていて、絞りは3段階。この時点でPanasonicともお別れとなる。
SONYはBloggie 3Dと同時にBloggie TouchというBloggie 3Dからレンズをひとつ取ってタッチパネルにしたおしゃれ機種を発表している。また、Panasonicはどちらかと言えば2D側の香りを残しつつ3DAF連写を実現しているが、3D撮影はシャッターを押すだけしか出来ない。2社ともどこか3Dとの向き合い方に違和感が残る。一方、富士フイルムはこの機種が2世代目となり、前機からブラッシュアップされ、より3Dに特化した内容が好印象だ。苦手なマクロに対しても2回撮りで対応、さらに遠景も時間差2回撮りが用意されるなど多様性があり3Dに対して貪欲だなと感じる。そして、決め手はFinePixブランド(結局それかい)。古デジタル蒐集という趣味を通してFinePixのファンとなった私にとって3DカメラにFinePixが存在するということ自体が運命的と感じる。もう一つの決め手は、多分どうでも良い事かもしれないのだが、スペースカメラであるという事だ。スペースカメラとは簡単に言うと宇宙で使われたカメラの事。最も有名なスペースカメラは月面着陸を撮影したHasselblad。60年代から宇宙航空の世界で活躍している。その他、ニコン、MINOLTA、Kodakなどなど数多くのカメラが宇宙に出掛けている。その中に富士フィルムの3Dw3の名も刻まれているのだ。カメラコレクターにわざわざスペースカメラだけ選んで集める人も居ないと思うが(実際に使われた個体ならアリだろうけど)、それでもひとつは欲しいかな。これも私の年代が関係しているかもしれない。将来、宇宙空間へのアクセスが簡易になれば全く意味を持たないステイタスではあるのだが・・・。というわけで、ターゲットはFinePix REAL 3D W3に決定。。
後は注文するだけなのだが、価格ドットコムに登録はないし、プレビューでは1万円台で買えた時期もあったらしいが、古デジ徘徊コースに出物もなしで、しばらく悩む。。しかし、結局、困ったときのAmazon様。中古で25Kを2件発見。他には40kほどの個体も。。ほぼ新品ということで25Kで発注した。翌日、もう一つの25Kも売れたかなという興味で見てみると、新品24kが3件UPされている。そりゃ無いよ~。。いや待て、まずは昨日の注文のキャンセルが可能かチェック。。1時間後、キャンセル完了。その間まだ売れずに24Kが残っていたので改めて購入。その後2時間で残りも完売。ギリギリセーフ。。まめにチェックしないと損するな。。しかし、狙っている方っているんだなと実感。。展示品だと嫌だなぁと思っていたが、長期在庫だったようで未開封品が到着した。
カメラを物流の上流で手に入れるという贅沢はそうそう出来ない。新品はいつでも高価なものだ。それでも、今回は買って良かった。背面液晶で3Dを楽しめるというのは考えていた以上のインパクトがあった。これで3D映像が気に入れば、別途ディスプレイを揃えるなど発展させていけば良いし、とりあえず3D映像を背面液晶で確認しました・・あとは裸眼立体視で楽しむという私のスタイルでも全然OK。ムービーは専門外なので使わない。そちらに興味のある人は全く違う選択肢があるのだろうなと思う。
さて、エフェクトとしてのカップリンクショットと3D専門機で何が違うのかと言えば、「お手軽」という点で大きく異なる。カップリングショットは確かにお手軽立体写真撮影と言えるが、それは専門機材ではないけど、それなりに楽しめるという点でお手軽であり、一方専門機はただシャッターを押すだけでよろしいというお手軽さだ。また、背景の処理も綺麗になり(カメラを移動させなくて良いので)、編集作業も簡単だ。富士フィルムの「FinePix Studio」を使用しているが、シンプルで使いやすい。そして、古デジとの最大の違いが、液晶が大きいと言う事だ。普通の撮影では液晶の大きさを気にすることはないが、3D撮影は立体の効果を確認出来た方が便利なのだ。

実際に撮影してみた。

ステレオ写真 平行法 2015

ステレオ写真 平行法 2015

 

ステレオ写真 交差法 2015

ステレオ写真 交差法 2015

 

?うん、楽しい。。。これだけ写ればオンノジ。満足。祠と壁との距離感や、屋根に掛かる枝などがしっかり描かれていると思う。
予想通り高感度のノイズはかなり出るが、ステレオ写真ではそれほど気にしなくても良いかなと考えている。起動は普通。AFも普通。速くはないが、私には十分な性能だ。デザインも先の3機種中最下位としたが、実機を改めてみると、マットなブラックボディと黒ニッケル的な金属部がマッチしており普通かなw。。欲目かもしれないけど。
ただ、いくつか問題点もある。口コミ等で分かって事なのだが、指の写り込みが半端ねぇっす。左指が入ってしまうという報告を多数見かけたので、対策としてManfrottoの折りたたみ式ミニ三脚を合わせて購入したのだ。これは左手で三脚の小さな足をつまむ感じでホールドすれば写り込まないよという作戦だった。ところが、左手は思惑通りだったのだが、右の中指が写り込んしまう。親指はモードダイヤルのくぼみに、人差し指はシャッターにとここまでは問題ないのだが、中指がレンズの上って。。。これは慣れるまで相当時間が必要だと思う。斯様にホールドが甘くなっているところに追い打ちをかけるようにボディがツルツル。何度も落としかけた。ストラップは必須だが、それだけではいつか落とすと思う。ということで、試し撮りしたその足で100均によって、靴用すべり止めラバーシールを購入しレンズカバーに貼り付けた。これで何とか保持力が向上。レンズカバーの開閉の際にも指掛かりが出来て使いやすくなった。このへんは古デジ弄りの成果で、新品でもタメライなし。
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ミニ三脚の意外な効能が右親指の付け根に三脚の足があたってホールド感が高まるところ(下の写真)。三脚自体はネジ止めだが、完全に締め切らないで余裕を持たせ、三脚全体を半回転出来るくらいの締め付けでセットすると、バッテリーやメディアの取り出しも簡単になった。念のためストラップにはメダル型のアイテムをペンダントヘッドのように通してドライバーの代用にしている(このミニ三脚はマイナスネジなのだ)。

2015

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古デジから再燃したステレオ魂は行き着く所へ行ってしまったが、撮影自体は試行錯誤中で、どんな被写体が3Dに向いているのか模索は続く。フィルム時代には憬れだった立体写真機がデジタル時代になって手に入れられるとはありがたい事だと思う。ニッチなガジェットなので後継機種は期待出来ない。短いデジカメの歴史の中の一瞬のキラメキなのかもしれないな。

つづく。。。。

小さいカメラは画が悪いだろうと思いがちだ。そしてそれは強ち間違ってはいない。フィルムカメラなら、小型フィルムと小さいレンズの組み合わせになるし、デジタルカメラならば、フィルムが小さな撮像素子に変わるから画質的には不利だ。小さいカメラは携帯性を獲得した代わりに画質クオリティを犠牲にする。なので、古デジカメ蒐集を始めてから小さいカメラは敬遠してきた。見送った機種で覚えているのがCyber-shot Uシリーズ。無傷の状態でジャンク箱に転がっていたので、かなり迷ったのだが拾わなかった。撮像素子の大きさは1/2.7型とiPhone 5sとほとんど変わらない。結局使わないだろうと思ったのだ。SONYが斯様に小さな撮像素子で小さなカメラを作る時、そこにはチャレンジ精神を感じる。ここまで出来ましたよと言われているように思う。しかし、Canonが小さいカメラを作ったなら、少なくとも画質に関してはある程度のレベルをクリアして来ただろうと思ってしまうのは偏見だろうか(だろうな。自前の撮像素子かどうかも分からない)。今でもコンデジの主流となっている1/2.3型は画質的にはそれなりという感じで、たまにハマると良い画が撮れるというイメージがあるが、1/2.5型はどうなのだろうと気になったので、IXY Lを拾ったのだった。CCDと言うのも魅力だった。

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約90mm × 50mmと非常に小さい。なんとも頼りないが、2003年発売で400万画素ある。レンズは換算39mmと標準域の単焦点で開放F値2.8とそこそこ明るい。4群4枚内1枚が非球面となっている。ISOは50始まり。

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レンズの繰り出し量もわずかで、均整のとれたデザインを乱すことはない。ボディはマグネシウム合金+アルミ合金と質感は上々の出来栄え。初期のIXY DIGITAL3桁シリーズに通じるガジェット感があり、手にした時の満足度は高い。

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液晶は1.5型と、小さい部類だろう。十字ボタンはもう少し大きく出来たと思うがどうだろう。電源は長押し仕様なのでテンションは下がる。また、シャッターボタンを押してからシャッターが切れるまでにタイムラグが有り最初は慣れが必要だった。私の個体はバッテリーとメディアを出し入れするためのフタがやたら固くて操作しづらいという個性を持っている。まさかデフォじゃないよね。

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で、肝心の写りは予想外というか、期待した通りというか、良い。このLシリーズは後継機種が何代か続いているので、ある程度評価されたのだろうが、その評価対象はデザインが主だろうな。高感度はキツイから、全体的には画質が良いという評価にはならないだろう。ただ、低感度で撮影すれば問題はない。

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このグリーンの出方が昔のCanonという感じで、深みのない黄緑になる。Pro90ISに似ているな。編集のやりようがないのだが、実物もこんなものかもなとも思う。

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電源長押だから咄嗟の撮影には不向きだが、ぷらぷらと散歩しながら持ち歩くには丁度良い。まぁ、実際には電源オンから1秒位で撮影出来るのだが、私自身が長押しに対応できない体質なのだ。どうしても、軽く押して動作を終えてしまうのだ。困ったことだ。なので、電源はスライド式スイッチが一番好きなのである。

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このカメラで便利だと思うのは、シャッターボタン全押しでシャッターが切れること。今では珍しくもないが、スナップには好都合だ。ただ、小さいので手振れになりやすいのが気を使うところかな。

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使っていくに伴って、手に馴染むというか、レスポンスも含めて呼吸が分かってくるとカメラとのコミュニケーションが実に取りやすい。やはり、根源ではCanon派なのだろうな。

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それにしても、小さなカメラを見なおした。すべての小さなカメラが斯様な結果を出すとは思えないが、このカメラをキッカケに別の機種を確保することになる。これは後日お話することになるだろう。

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ひとつのカメラから、別のカメラに興味がわくのは集古デジカメならではだと思う。一般的には自分が購入した機種のライバル機種が気になる程度だと思うが、集古デジカメでは時代をまたいで物事を考える傾向がある。これがコレクター魂だろうか。コレクションをするという心理は様々あるが、「全てを揃えたい」「揃えなくてはならない」「優越感が欲しい」などが代表的だろう。そして、一度火がつくとなかなか止めることが出来なのだ。

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やめる必要がなければ、究極のコレクターとして生きれば良いし、それはそれで素晴らしいと思う。コレクションとともに生きていくのは幸せだろう。ただし、極端なことを言えばゴミ屋敷になってしまっては元も子もない。本人はゴミとは思っていないのだろうが、他人に迷惑をかけていいという法はない。他人にどう思われようと関係はないのだが、他人にどう思われるかはコレクションとゴミ屋敷の境目ではないだろうか。

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収集癖を止める方法については多くの議論がなされている。完璧なコレクションの一部を手放すと執着が無くなるとか、コレクションのためにとことん借金して身動きが出来なくなって初めて目が覚めるとか、集めることの虚しさを自覚するとやめられるとか、様々なことが言われている。私も、この蒐集に興が乗って止まらなくなった。ところが、とある考えに至り、止める事ができた。

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「足るを知る」とは戒めとも思える言葉だが、私の場合はどれだけ足せば「足るを知る」ことが出来るのか試したかったのかもしれない(本来の意味とは違っているが)。そしてやるだけやっちゃった感を感じることが出来た時に、以前行った断捨離と言う言葉を思い出したのだ。

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私はミニマミストではないし、なりたいとも思わないが、実はコレクターにもなれないタイプのようだ。やるだけやってしまえば、次のことを考えるタイプで、飽きっぽいと言えば飽きっぽいし、前向きだと言えなくもない。そんな私は断捨離の根本には賛同できないものの、ものを処分するという行為には燃えるタイプなのだw。断捨離も真剣に取り組んだら、なんにも無くなってしまうし(心は豊かになるらしい)、それが良いのかどうかは分からないが、少なくとも私には向いていない。向いていないが、燃えるw。断捨離の断は物を増やすことを断つということらしい。断捨離をすると決心すると、それは集古デジカメの情熱を簡単に上回ってしまったのだ。これがやめられた理由。

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今回の蒐集はある意味、前回やった似非断捨離のリバウンドと考えてもいいだろうと思う。なので、今度は集めたカメラたちのリストラが始まるのだ。おそらく所有数は今の半分くらいになるのではないだろうか。本当に残したいものを残す。それだけのことだ。

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この趣味のお陰で一定の写欲はキープ出来ている。これからもローテーションを組んでいけば、残ったカメラたちと撮影を楽しめると思っている。そして、この小さなカメラは残留組だろう。実際にリストラ作業をしてみないとわからない部分はあるが、個性があり、尚且つ画が良いとなると断捨る必要はないと思う。ただ、残したいものを残す時、私はどんな基準でそれを実行するだろうか。まだ、少しだけ時間をかけようと思う。

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こんな話を書くとこのBlogもそろそろ終わりかなと思われるかもしれないが、それはまだ先の話。なにしろやるだけやっちゃったのだから、まだ続くのだ。ただ、コレを書いているリアルな自分はこんなことを考えているのだった。

つづく。

 

RICOHがCaplioシリースを発表したのが2001年なのだが、その第一弾としてリリースされたのが、今回紹介するRR 10だった。元祖Caplioというわけである。

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正面のロゴが縦型デザインで表記されているので、そのように写してみたが、実際には横長のカメラだ。時代的にはFOMAと言う言葉が聞こえ始めた頃で携帯電話をイメージしたスタイリッシュなデザインらしいが、家電(いえでん)の子機にも見える。RICOHとスタイリッシュと言う言葉はあまり結びつかない気がする(失礼)。

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実際に手に取ってしみじみ眺めてみると、縦長方向に美しいシンメトリーになっている。 RICOH THETAに似ていなくもない。

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RICOHにはスタイリッシュさはなくても、機能美という武器がある。それで十分ではないだろうか。実際、Caplioシリーズはこの後、スタイリッシュを忘れて、普通のデザインが多くリリースされた。今は無くなってしまったシリーズだが、確実に成功したブランドだったなぁと思う。

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本機はMP3の再生が出来たらしい。付属のソフトがないので確認は出来ないが、音楽を聴くにしても横長に構えなければ使いづらそうなので、縦型アピールの意味は薄い。撮像素子は1/2.7型211万画素CCDを搭載し、レンズは38mm~76mm(135換算)でF2.8~F3.8。専用電池でSD。本体自体は軽い。背面モニター周りは保護カバーで覆われており、そこだけが高級感を漂わせるが、全体的にはプラスチックの塊と言った印象だ。ホールドはし易い。私にはちょうどよいサイズ感だ。縦吊りで首から下げるようにデザインされているのだが、色々とこなれていない。クレードルに挿すための端子カバーやメディアのカバーがスライド式のボタンで開閉するようになっているが、これが軽くて少し触れただけで開いてしまう。もし、首から下げて使っている人が居たとすると、いつの間にか開いてしまうカバーにイライラすると思う。大きなモードダイヤルも異様に軽い。片手で操作できるように考えられたと思うが、いざ使おうとすると思ってもいない場所に切り替わっていることがほとんどだ。そして何より縦吊りするためにストラップの付け位置がシャッター位置と反対側、すなわち正面から見て右側に設定されていることが最大の欠点だ。なので私はストラップ無しで運用している。図らずも持ちやすいボディに生まれついているのが救いなのだ。シャッターの感覚は今ひとつ。半押しの感じが掴みづらい。個性かもしれないけど。

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本カメラとの出会いは、リサイクルショップだった。例の青箱ではなく、ガラスケースに入れられていたわけでもない。ガラスケースの下に空間があって、そこにビニールに入れられた古カメラたちを積んであるのだが、そこの長老的存在なのだった。と言うのも、いつ行っても売れずに残って、周りのカメラたちが拾われていく中、そこの主のように居座り続けていたから。

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値段設定も良くなかった。1kだったのだ。そこリサイクルショップはめったに価格改正をしないので、ビニール袋だけが汚れて白化していくので、1Kはいかにも高いなという印象を与えてしまうのだ。私がコイツを拾い上げたのはこの趣味の最晩期で、いよいよ欲しいものが無くなったと言う時だった。その頃には、本機が最初のCaplioだと知っていたので、遊びで確保したというのが本当のところ。店員さんに中身を確認したい旨伝えると、どうぞとビニールを破いて出してくれた。ジャンクはビニール入りだからキレイだと言うわけではない。ビニールに入っている一番の理由は、付属品を一緒にまとめておく必要があるからだ。で、その付属品というのは大抵は説明書やカタログ、CDなどで、使えるものは少ない。説明書はカビているし、CDも現在のOSに対応していないのだから。私の場合充電器も不要だ。どんなコレクションでも置き場問題は起こるだろうが、充電器ほど無駄に場所を食うと思わせるものもないだろう。蒐集の初期にはこまめに保管していた充電器もマルチ充電器を手に入れてからは、破棄するようになった。いちいちバッテリーにあった充電器を探す手間もなくなるし、なにより、場所の確保にコストを掛けなくて済む。

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で、話は戻るが、店員さんに開けてもらった本機は白化したビニールとは裏腹にきれいな個体だった。これなら拾ってもいいかなと思った。高いけどね。本機については文句ばかり言ったけど、完璧なカメラなんてないし、あったらさそや退屈だろうなと思う。何が完璧なのかは人それぞれだし、これだけ文句が言えるのだから完璧だよ・・っていう人もいるかもしれない。プロなら絶対に失敗しないカメラが必要な時もあるだろうけど、ジャンク遊びにはこのくらい文句も言えたほうが、退屈じゃなくていいかもね。出てくる画は文句なく良いと思う。

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と、まぁ、画ばかり沢山観て頂いたが、ごく普通に使えるのだ。

つづく。