今回から3回に渡って「輪を閉じる」と題して、この集古デジカメのエピローグにしようと考えている。

2015

2015

OLYMPUS CAMEDIA E-100RS。このカメラが私的記念碑モデルCanon PowerShot Pro90ISと同じレンズを使っていると知ったのはいつの事だったか今はもう覚えていない。手振れ補正機能付光学式10倍ズームレンズ換算38~380mm相当F2.8~3.5、10群13枚 (非球面レンズ2枚)というレンズはCanonがOLYMPUSに提供した高性能レンズだった。E-100RSが2000年11月発売でPro90ISが翌2001年2月に発売されている。同じレンズで作られているがメーカーとしての位置づけは全く違う。それは当時一眼レフを開発中のメーカーと既にフラッグシップとしていたメーカーとの差だった。OLYMPUSは本機にEの称号を与えている。それは最上位機の証である。実際筐体の作りは見事で操作性や性能もそれに見合った機体であった。片やCanonはPowerShotというコンデジシリーズの一つと位置づけ、ささやかにProと名付けた。モノとしてはOLYMPUSの圧勝である。グリップ形状も文句なし。ズームも機敏。連写時ファインダーにバッファ残量をバーで表示されるのには感心した。ただ、撮像素子のみCanonが上回っているのだ。たとえ当時E-100RSを知っていたとしても145万画素というスペックから敬遠したことだろう。時代は300万画素を迎えていたのだ。集古デジカメを始めてからはE-100RSを試してみたいと思いそれは幸いにも実現した。その時Pro90ISで始まったデジカメ人生が10年以上の大きな輪を描いてE-100RSに辿り着きその輪を閉じるような感覚を味わった。このレンズから旅立ちこのレンズに帰ってきたのだ。
競馬を始めた頃は今以上にまじめに競馬と向き合っていた。東京開催は毎週土曜日に必ず出掛けた。開門前に到着して開門まで並ぶというスタイルも結構長いこと続けてレース観戦はスタンドの2階で一番前の席がお気に入りだった。毎週同じように行動しているカップルが居て、二人はいつもレジ袋を下げて競馬場に来た。レジ袋からはコンビニで買ったと思われるお菓子やお弁当、季節によってはミカンが出てきた。「また、来てるね」とお互いに意識していたと思うが特に話しかけることもなくうち過ぎた。スタンドが改修に入って居場所がなくなって競馬場内でのスタイルも変化しそのカップルとは会わなくなった。今のフジビュースタンドはそれはおしゃれな作りで初心者にはインパクトが有るだろうが昔のスタンドの味も忘れがたい。トウカイテイオーの引退式もいつもの席で見た。周囲のおじ様、おば様たちが涙を拭っていたのを思い出す。私もいつか別れに涙するような馬と出会いたいと思った。パドックも昔の方が撮影しやすかった。テレビ中継重視なのかスタンドから離れた方面がパドックから一段高くなってしまったのは改悪だ。トキノミノル像がパドックから離れてしまったのもしかり。昔のパドックでの記憶も沢山ある。こんな事があった。1Rが荒れて単勝が70倍付いた。私は外して2Rのパドックへ向かう途中で、近くに居た男女の会話が聞こえた。と言っても女性の声だけが聞こえていただけだが「え~7000円!お兄ちゃん、もう帰ろう」。。結構大きな声で叫んでいたので、周囲の笑いを誘った。以来高配当が出た時には「お兄ちゃん帰ろう馬券」だねと、これはいまだに我が家では使われている。物事の記憶と言うのは始めた頃が至って鮮明である。このレンズを使うということはこういう記憶を蘇らせるということなので、撮りおろしは東京競馬場・・昔の面影はすっかりなくなったが、それでも一番好きな競馬場・・で行うべき機種だと決めた。

2015

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古いデジカメを携えて競馬場へ行くという行為は常に胸が躍る。いや、古いから楽しみがあるのではなく、使い始めたばかり買ったばかりだから嬉しいのだろう。多少古めかしいカメラを持っていてもカメラに興味のない時代だからあまり目立ちはしない。それに競馬場は観光地と一緒でカメラを持つ人達は背景化しているのだ。

 

2015

2015

本機を手に入れた時懐かしい銅鏡カバーが着いていた。上の写真で分かるかと思うがレンズ銅鏡に皮革のくるみが巻かれている。先には三角カンを付けてレンズキャップを吊るせる。このアイテムは幾つかのメーカーから発売されていた。何でこんなものが流行ったのか。中にはレンズキャップを吊るす機能のないものも存在したのでまさにカバーだったのだと思うが格好は良くない。ただ銅鏡が傷つきやすいものだったのかもしれない。本機も安い商品では無かったからこんな商品も産まれたのだろう。時代を感じるアイテムなのでそのまま使った。当時は通販でしか手に入らない商品だったと記憶しているから前オーナーの気合の入りっぷりも伝わる。

 

2015

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本機自体は実際使ってみると非常に使いやすい。なんでこれと同じものが今作れないのか不思議なくらいだ。

2015

2015

本機を使っていると、あのPro90ISを購入しないでコチラを買っていたら満足できたのかもしれないと思い始める。シャッターチャンスに対してはコチラに分がある。仕上がりはCanonにある。そこまで思いが至った時、私はこんな事を考えるためにこの集古デジカメを始めたのだなと思い出した。いや、こんなことを考えたいために始めたのだ。こんな事とはすなわちカメラへのトキメキであって、写真よりもカメラが好きだと公言する事によってそのときめきが消えていくのを引き延ばしたかったのだ。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

蒐集癖が少しでもある場合、その集めているカテゴリにおいて最高に近い物を手にしてしまうとその最高以外の存在を集めたくなるものなのだ。譬えばお菓子のおまけで所謂超レアが突然手に入ったとすると、残りのノーマルを集めてコレクションを完璧にしたいと言った具合だ。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

ノーマルだけをいくら集めても満足はない。ノーマルを集めるのは何時か出逢う超レアを手に入れる為なのだ。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

数年前、それは古デジカメ蒐集を始める前という事になるのだが、私は私にとってレアであるカメラのオーナーになった。そのカメラについてはここでは書かない。別の話になるからだ。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

そのカメラを手にするために多くの機材を手放した。さらにシステムを見直し整理した。所有するカメラは以前の1/3となりスッキリとシンプルになった。譬えばデジイチ1台、コンデジ1台のようにだ。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

自分にとって最高のものを手にすると、今度はシャレでノーマルを使ってみたくなるのだ。最高のものがあるんだから後はおまけ、何でも良いんだから安い中古で遊んでみたい・・・・これが古デジカメ蒐集の始まりであった。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

安い中古とは古いから安いのであって所謂スペックジャックと分類されてしまった過去の高級品たちである。元来カメラ好きなのだから楽しくないわけがない。いつしかジャンク遊びに熱中しこんなブログまで作ってしまった。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

沢山のカメラは沢山の写真を撮らせてくれた。そしてカメラはやはり写真を撮る道具であると納得した。また道具であると定義しなくても良いという態度でいられるようになった。つまりはカメラを定義しなくても一緒にいられるようになった。役割を与えるような言い訳をしなくても趣味として楽しめるようになった。なんだかんだ言って結局巡り巡って同じレンズのカメラを使っているじゃないか。これが趣味でなくてなんだろうと。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

つい最近、自分が最高と思っていたカメラを手放した。すると心が平穏になった。何処かで無理をしていたのかもしれない。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

集古デジカメをしている原因がなくなった。手放そうと決めてから実際に手放すまで1年以上かかったが、もうシャレでノーマルを集める理由もない。なので手放すまでの間に先に古デジカメたちを手放していった。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

コレクターには成れなかったが100台以上のデジカメを使った。使ったというよりは試してみた感じだ。家の中がゴミ溜めになっているんじゃないかと心配してくれた方も居たかもしれないが、紹介してきたデジカメたちの殆どはもう所有していない。カウントダウン式で紹介したカメラたちでさえ全て残したわけではない。実際今書いているこのE-100ももう手元にないのだ。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

これまでも蒐集にはもう飽きていると書いたと思う。たまに思い出したように中古カメラサイトを覗いたりするがもうトキメキはない。まだ使っていないデジカメがあったとしても所詮1/1.8の写りだろう、2/3の写りだろうと思ってしまう。「面白い形で良く写る」。何度この言葉を繰り返しただろうか。それが唯一集古デジカメの支えだったが、面白い形よりも今は結果としての画が欲しい。といっても2/3以上であれば良いのだが、つまりは普通に写れば良いのだ。故にカメラは道具なのだ。そして道具ではなくアリキタリの存在で居てほしいのだ。集古デジカメで引き延ばしてきたカメラへのトキメキは終息した。

2015 東京競馬場

2015 東京競馬場

・・・・と、ここまで考えてE-100RSの役目は終わる。実はレンズが同じカメラなんて沢山存在している。レンズだけではないその他の中身も同様だ。本機に限って言えばレンズはCanon、中身はSANYOと言われている。デジタルカメラはいつだって技術の組み合わせだ。ただ、Pro90ISが私にとって思い出深いものであったので、E-100RSはどうしても使ってみたいカメラだったのだ。

つづく。。。

古デジカメ紹介もあと2回。ラス前の1台は、MINOLTAのネオ一眼、DiMAGE A1。

2014

2014

MINOLTA ELECTRO SHOT。私が生涯で最初に触ったカメラの名前だ。両親のカメラだった。つい最近まで手元に置いていたが、もうフィルムは使わないと判断し手放した。もっとも私が小学生だった頃には壊れていて使用不可であった。捨てられずに実家においてあったので持ち帰り飾っていた。私の子供時代の運動会の写真などはこのカメラで撮影されたが、よくレンジファインダー機で写したものだと感心する。とにかくファインダーが暗くて二重像もボンヤリしており、ピンをつかむのは至難の技だからだ。しかも焦点距離は40mmなので運動会向きではない。もっとも一眼レフは高嶺の花だったろうし、両親はカメラに興味も無かったので仕方がないところだろう。ただ、子供心にMINOLTAという響きがCAMERAの代表の様に感じていたのだけは覚えている。それ以上の思い入れもないが、刷り込まれた効果は絶大でMINOLTAのデジカメを積極的に探した今回の古デジカメ蒐集だった。MINOLTA ELECTRO SHOTで始まった私のカメラ体験は大きな輪を描いてDiMAGE A1へと戻ってきた。ここでひとつの輪が結ばれた感じだ。なぜA1なのかというと72回DiMAGE 7の回で「カメラ原体験のエレクトロショットを作ったブランドですから、一つでいいからお気に入りのデジカメを手に入れたいと思っていました。その想いは後々叶うことになります。」と書いたようにMINOLTAと冠されたカメラで一番気に入ったのが本機だったのだ。

2014

2014

 

前回、蒐集の始まりはレアを所有したことによってノーマルで遊んでみたかったからだと書いた。その気持を後押ししたのが古本趣味だった。これは1回目に書いたことなのだがその時は「古本趣味・中古ゲーム趣味→ブックオフ→ハードオフ」と表現したにとどめた。簡単に言うと、古本を探すならブックオフで中古ゲームならブックオフかハードオフ。でハードオフでジャンクデジカメに出会うという流れだ。

2014

2014 MINOLTAの手ぶれ補正 アンチシェイクのプレート

ジャンクデジカメに出会ってから蒐集期間の終わるまでほとんど古本やゲームことは忘れていた。使える予算は全てカメラに集中させた。ちょっとした改造にも手を出し修理の道具も増えた。カメラは最後まで大切に使いたいと考えていた。しかしそれと同時に収集を始めた頃から既に止めるキッカケを探していた。

2014

2014 美しい GTレンズ

何しろ蒐集開始直後は手当たり次第買い漁っていたのだが、心の何処かでこの行為は私には合っていないと感じていた。本当に欲しいもの必要なものを探して探してカメラ貯金もしてやっと手に入れると言うのが本当ではないだろうかと考える自分も居たのだ。止めるキッカケはちょこちょこ書いてきたが、やるだけやって飽きたという事だと思う。もう、何を拾っても大して変わらんだろうと思えたということだ。

 

2014

2014 そそる操作感

もちろん蒐集期間は楽しかったし、趣味は理不尽な支出がつきものなので勿体ないとは思っていない。ではそれなりに多くのデジカメを使って何処にたどり着いたのであろうか。

 

2014

2014 チルトします。。

集古デジカメでカメラの楽しさは面白い形でよく写るという事に気付いたわけだが、これは現代にない面白い形を楽しめて所有欲も満たされ持っているだけでなく実用的にも問題ないゆえに価値を感じるわけだ。で、唐突に結論だが、これはつまりクラシックレンズ+デジイチで良くないか?と。かつてレンズ沼のほとりをさまよった私は古デジカメ蒐集を経て再びレンズ沼へ帰ってきたとも言える。たどり着いた場所は元の場所でメーテル何とかやルンルン的な結末に至ったようである。

2016 TCK

フジオーソ 2016 TCK

フリオーソ ? テイクマイミラクル(Holy Bull)の牡馬。栗毛。中道啓二厩舎(大井)。生産・浦河町 山田昇史氏。2014年4月14日生。2015年 北海道オータムセールで108万円 で落札。タイセイヴィグラスの下。


では次は集古レンズが始まるのかというとそんなことはなく、すでに始まってそして終わっている。このブログでも時折改造レンズの話を差し込んだが、ジャンク漁り開始当初から古レンズ拾いも並行して行ってきた。ただ、ややこしくなるのでデジカメに絞って話を進めてきたのだ。蒐集後期、コンデジを手放す原動力の一つがお気に入りのレンズだった。レンズ一本で多くのコンデジがキャラかぶりに感じ、このレンズがあるからこのカメラは使わないよねといった具合に維新的にこれまでのコレクションを捌くことに成功した。何しろ母体はデジイチなのだから写りはコンデジの比ではない。デジイチの唯一の弱点は携帯性という事になるかもしれないが、もともとメインカメラはEOS 20Dだし苦にするところではないのだ。

2016 TCK

バイヨネット 2016 TCK

アジュディミツオー ? パーフェクトレディ(タニノギムレット)の牡馬。黒鹿毛。橋本和馬厩舎 (大井)。生産・新ひだか町 藤川ファーム。2014年4月30日生。近親にコパノバウンシ、ハカタドンタク。

 

お気に入りレンズのコレクション(と言っても数本のささやかなものですが)が完成したのはつい最近で、それは前回書いた自分にとってのレアカメラを手放した時に得た資金でなんとか達成出来た。古デジカメ蒐集はどこか浪漫的で懐古的な気分で進めてきたが、最後に手に入れたレンズは実用一点張りのものだった。それは以前所有していて手放したことを後悔した唯一のレンズで今回無事に買い戻すことが出来た CANON EF135mm F2L USMだ。

 

バイヨネット 2016 TCK

バイヨネット 2016 TCK

このレンズはナイター競馬で活躍する。設計自体は古いレンズであるが、その描写は抜きん出て素晴らしい。古デジカメ蒐集に似つかわしくないLレンズの購入はどこか象徴的で夢から覚めたようであった。

 

フジオーソ 2016 TCK

フジオーソ 2016 TCK

私のカメラ趣味はどうやら同じところをぐるぐるぐるぐる回っているらしい。

 

2016 TCK

フジオーソ 2016 TCK

 

大きな輪はMINOLTAからMINOLTAへ。小さな輪はデジイチからデジイチへ。

 

2016 TCK

2016 TCK

それでも今回閉じた輪は何か自分を別のルートへ漂流させていくような気がしている。譬えば数字の「9」のように輪をはみ出して伸びていく感じだ。これが「8」にならないことを祈る。古デジカメ蒐集をビーチコーミングに似ていると書いたのは確か2回目だったか。その時自分はしっかりと大地に立って漂流物を集めている気になっていたが自分も漂流的であったのだ。これが趣味の世界だからさほど嫌な感じはしない。コレクターにはなれないはずである。

つづく。

以前このブログでチラと書いた子供向けのミニ本「こどもポケット百科 みんなのカメラ教室 実業之日本社」(1977年)という本を数年前に手に入れた。子どもの頃にお気に入りだった本だ。ネットで正式なタイトルが知りたくて調べていたらamazonで売られていたのだ。0.001K。100%懐かしさのみで購入した。

2016

こんな表紙。ここに写っっている子らもジジイになったろうね。あとボーダーは不滅だね。届いた本は年代なりに古くはなっていたが想像していたより状態は良かった。私自身が持っていたものはもっと傷やめくれがあったはずだ。ただ本品は のり の状態が悪く十数ページがごそっと背から外れていたので修復した。ちょうど紙に使える接着剤が修理道具の中にあったのだ。ページをめくると当時の思いが蘇ってくる。何度も書いてきたが私にとって子供の頃のアコガレのブランドはOLYMPUSとCanonであった。そしてその思いはもしかしたらこの本が作ったものかもしれないと急速に確信し始めたのだ。というのも、これは私だけの思い出ではなく本品の前オーナーも全く同じ思いに駆られていたと思うのだ。本品には、ページのハズレこそあったが落丁やカビすらないすなわち当時子どもだったにも関わらず本を丁寧に扱ったであろう前所有者がただ一箇所だけ書き込みを残していた。私はそれを見て微笑みを禁じ得なかった。子供向けの本なのである程度は覚悟しているとは言え、やはり買った本に書き込みがあれば不愉快と感ずるのが一般であろうが、こと本品の書き込みには共感を覚えたのだ。

2016

この本は結構分厚いのだが、ただ唯一の書き込みがこれだったのだ。OLYMPUS OM-1 価格:74,500円にアンダーライン。実に子供らしい直情的なやるせなさの表現ではないだろうか。私も当時このページを飽く迄眺めた。何時かはOM-1をと思い続けたあの頃。この本の所有者だった誰かは夢を手にする事が出来たのだろうか。なにか見知らぬ仲間が出来たような気分になった。
私は最初のデジ一をEOS kiss DIGITALにした事により将来に渡りメインマウントはEFに決定しOLYMPUSは遠のいてしまった。2009年のPEN DIGITAL(EP-1)の出現には心踊ったが、デザインがどうしても好きになれず、ますます縁遠くなった。最近はついに本物のOMブランドのデジ一が登場したが、高価すぎて手が出ない。OMへの道は今でも遠い。しかし、折角始めた古デジカメ蒐集なのだから最後はOLYMPUSの一眼で終わらせたいという思いは強かった。PEN DIGITALの出物でもあれば確保するつもりにさえなっていた。でも、いつからかE-1を探すようになったのだ。
2003年10月発売だったE-1は同年9月発売のEOS Kiss DIGITALと競合した機種だった。。当時はCanonを選択したが、もし私のメインモチーフが競馬でなかったなら、あるいはOLYMPUSのオーナーになっていたかもしれない。
E-1は忘れ得ぬ機種であった。発売当時に量販店の展示品を触っただけであったが、その感触は実に良かった。見やすいファインダーと手に馴染むフォルムは流石だなと感じた。さらにその出てくる画。私は99%jpeg撮影なので、そのメーカの画作りの特徴はそれなりに選択のファクターとなる。E-1の画の強烈な個性は琴線に触れるものだった。これを作り出すのはレンズも一役買っているが、何より「拡張版KAF-5101CE CCD」というKodak製の撮像素子だということが分かったのは蒐集を始めてからだ。同時期に発表された LEICA Digital-Module-RもKodak製だった。OLYMPUSも好きでKodakも好き。探す理由や購入理由はこれで十分だろう。
今回の集古デジカメでは5台のKodakブランドのカメラを紹介した。奇面のデジカメKodak EasyShare V570と意外性のエントリー機Kodak EasyShare C360 Zoomでの派手な発色は私の好みだった。この2機種の撮像素子がどこの製品なのかは分らないが、実に所有欲を満たしてくれる写りだと感じた。E-1のCCDを調べていると同CCDを搭載している機種はE-1の他にE-300、E-500、E-400と3機種もあることが分かった。発売当時に追っかけていたらこんなことは常識レベルだろう。これらの写りはごく一部の人々の間ではKodak BLUEと言われKodachromeと親しい発色をする機種として人気があるようだ。私が気に入った画はポジフィルム調の創りだったのかもしれない。当然フィルムとデジタルは違うだろう。だから「調」としている。私はそれで十分だ。そこで、捜査範囲を広げて上記4機種を探し、最初に引っ掛かった機種を確保することにした次第。・・・と前置きがかなり長くなったが、今回紹介する機種は 憧れのOLYMPUS一眼レフである。子供の頃の想いは大きな輪を描きデジイチへ辿りつき輪を閉じた。

確保したのは、OLYMPUS E-1

2016 OLYMPUS E-1

 

OLYMPUS E-300

2016 OLYMPUS E-300

 

OLYMPUS E-500

2016 OLYMPUS E-500

そして、KodakのCCDではないが、勢い余ってE-3

2016 OLYMPUS E-3

の4機種だ。E-5まで行かなかったのは、値段の問題もあるが、そもそもKodakのCCDが目的であったのだから話が違うだろうと自ら抑制したのだ。そして正直に告白すると現在手元に残っているのはE-1とE-300だけとなっている。理由は保管スペースに限りがあるという事とデジイチがいっぱいあっても使い切れないという当たり前の理由からだ。じゃあ何故買ったのかと言えば使ってみたかったという趣味としてこれまた当然の理由からである。

E-300 2015

いつもの立木。デジタルカメラにロマンを残すとしたら撮像素子による写りの違いではないだろうか。古いデジカメで写したらこんな感じなったよと言う所で楽しみたいものだ。正直現在のCanonの二桁デジイチの味付けが案外このE-300に似ているのではないだろうかと密かに思っている。画像ソフトでイジれば似た画は出せる。デジカメは道具だからそれで納得できるのなら良い。良いけれども古デジカメを嗜む精神は同じような処理の画を並べて区別がつかないよねといった事では満足できない。

E-300 2015

とにかくこの画を自ら撮影し得たと言う事で満足したのだ。これでいいのだと思えた。もうこれ以上はないだろう。古デジカメにこれ以上は求めまい。大きな輪がピタリと閉じて、出会うはずだった古デジカメ全員に会えたのだと実感した。

E-300 2015

これで私の古デジカメ蒐集狂想曲は終演となった。

E-300 ロードアルタイル 2015 東京競馬場

グラスワンダー × ドナマッハ(アドマイヤベガ)の牡馬。鹿毛。菅原欣也厩舎 (金沢) 。生産・平取町 協栄組合。

E-300 2015 東京競馬場

カメラ関係のブログで高価な買い物をした際に「あとは撮るだけ」などと言い訳がましい事を書いているのをよく見かける。実際にそうなのかもしれないが私の場合は少し違う。と言うか大抵の人は同じだと思うが、まず所有を楽しむのではないだろうか。

E-300 2015 東京競馬場

私の場合はネットで同士を探す。同じ機材を使っている人のブログなどを拝見し楽しむ。既に所有しているのだから、どんなに良いことが書いてあっても羨ましがることはない。ただ楽しいだけとなる。

E-300 2015 東京競馬場

古デジカメ蒐集期間中は基本的に一期一会の浮草。無いものを探すよりは既に所有できたものを検索することが多かった。発売当時の記事から私と同様に最近拾った記事まで読んでいるだけで楽しかった。読むのに忙しくてなかなか使わないという感じもまた良し。

E-300 内田博幸騎手 2016 東京競馬場

そして、そんな楽しみもすっかり忘れた頃。残された古デジカメと私の関係はついに「ただ撮るだけ」となった。

E-500 ケンコンイッテキ 2016 東京競馬場

ナイキアディライト × クロスマイハート(スペシャルウィーク)の牡馬。青鹿毛。田島俊明厩舎 (美浦)。生産・新冠町 ハシモトファーム。

E-500 2016 東京競馬場

E-500の写真は、るーさんのフォルダからピックアップした。芦毛率が上がる。

E-500 2016 東京競馬場

彼女は今回の集古デジカメに全く無関心であった。

E-500 ストラディヴァリオ 2016 東京競馬場

クロフネ × ビューティソング(デインヒル)。芦毛。妹にココロノアイ。

E-500 レンディル 2016 東京競馬場

Danehill Dancer × Streetcar(In the Wings)。芦毛。

E-500 2016 東京競馬場

ただ、友人にはどうせやるならもっとオシャレなものでも集めればいいのにねぇとこぼしていたらしい。私はEOSしか使ったことのない彼女が使いにくいなぁとかファインダーが暗いなぁと文句を言いつつも軽いという理由だけでE-500をチョイスし競馬場で撮影している姿を見て妙に感動した。それは古デジカメを現代の動体撮影のメッカで使用しているという事も原因の一つかも知れないが、それより何より古臭いOLYMPUSのロゴの入ったストラップを懸けていた事が大きな理由だと思う(上方の写真参照)。その時、その時点で私たちは似非ではあるが、傍から見れば間違いなくオリンパスユーザーだった。

E-1 2016 TCK

わが家ではメーカのロゴ入りストラップは使わない。Canonのストラップは勝手に赤い人にされてしまうから好きではない。

E-1 2016 TCK

古デジカメのストラップは回収後に即捨てだ。誰が使ったかわからない所が気持ち悪い。ただ、余程気に入ったものについては洗濯してから使っているものもある。E-500のストラップは未開封だった。それでも一度洗って使っていた。赤や黄色のように主張せず抵抗の少ないデザインだったのも良かった。

E-1 2016 TCK

最後の最後に古ストラップで撮影するという愉しみを知った。前述通りE-500は処分しストラップもなくなってしまったので、似非オリンパスユーザーごっこも終わりだ。所詮、Canonという帰る場所があって出来た遊びなのだろう。念願のOLYMPUSのデジイチであったがシステムをまるごとシフトできるわけもなく現在では箸休め的存在となった。

E-1 ブラックレッグ 2016 TCK

タイキシャトル × マイビッグアップル(マンハッタンカフェ)の牡馬。青鹿毛。的場直之厩舎 (大井)。生産・様似町 林時春氏。

最後にレンズの所感。一眼レフだからね。
フォーサーズのレンズは色々・・・と言っても4~5本だが試した。そして最終的に所有しているのは2本である。その内の1本は、ただの箸休めではない。主役を食ってしまう力を秘めた箸休めだ。このTCKでの写真はその1本で撮影している。ZUIKO DIGITAL ED 50-200mm F2.8-3.5 SWDだ。これはかなり無理をして手に入れた。中古で50k弱だった。新品は100k前後だから全く手が出ない。描写はLレンズと比べてしまうほどで、Lレンズ並と評してみたい。実際は比べるものではないのだが、私の基準はそこにあるので許して頂きたい。

ボンちゃん 2016 TCK

正直フォーサーズにここまで期待はしていなかったのだ。遊べればよかったのだ。そして実際遊べるし、それでいて実に頼もしくもあったのだ。

ボンちゃん 2016 TCK

残されたE-1とE-300には当然のことながらOM-1の面影はない。でも、現代のOMデジタルにはないであろうこの描写は昔憧れたOLYMPUSへの懐かしさを感じるのだ。OLYMPUSのデジイチとZUIKOと冠されたレンズを手にしただけで私は輪を閉じる事が出来たのだ。

クリスフォンテン 2016 TCK

リンカーン × アイムソーラッキー(シンボリクリスエス)の騙馬。黒鹿毛。井上弘之厩舎 (大井)。生産・登別市 登別上水牧場。

 

さて、私の漂流と漂流物に関する報告はひとまず終了した。またいつか、こんなに熱を持って何かを蒐集することがあるのだろうか。精神的に子供だから、その内にまた何かに出会うことがあるかもしれない。もう良いやと思ってしまったら何も始まらないと思う反面、いい加減落ち着けよという気持ちもあるが、人間はそうそう変化できるものではないと思っている。熱しやすく冷めやすいからコレクターには成れなかった。それでもカメラはそばにいる。私の周りに普通に存在している。

fin