新しい趣味に没頭しておりました。

昨年夏辺りからですから、ちょうど一年くらいでしょうか。新しい趣味というと、今更感満載ですが、”デジカメ蒐集”に傾倒しておりました。とうとうマツも壊れたかとお思いになるのは早計、ご安心を。借金に借金を重ね、出てくる新製品を片っ端からなで斬り。。てなことは、したくともできません。

蒐集と言っても、そこは安サラリーマンですから、中古です。さらに言うならば、中古といってもその中心は「ジャンク」です。ジャンク遊びを覚えたアタイ。。ま、壊れかけていることは間違いないかも知れません。 以前から、ジャンク品というものに興味がありました。イメージは”安い”・・・です。他には玄人の趣味。ヲタ。きっかけは話すと長くなるので、簡潔に言うと、古本趣味・中古ゲーム趣味→ブックオフ→ハードオフ…です(過程はご想像にお任せします)。

あらためてジャンクとは何かウィキってコピってみると、

「ジャンク品(ジャンクひん、英語:Junk、故障品と同義)とは、そのまま使える見込みがないほど故障・損耗して、製品としての利用価値を失っている故障品。ゴミ。」

だそうです。ゴミとまで言われれば、こちらも本望です。お陰で数百円くらいから落っこちてます。ゆえに蒐集・・・買い漁れるわけです。中古カメラショップ、リサイクルショップが漁場です。一年間続いたこの趣味も、最近は停滞気味です。

何でもいいから拾ってくる→吟味して拾ってくる→欲しいものが落ちてないので収穫も無い→若干高めに手を出す(今ここ)→上がり・・・という流れをたどって、きっとこの報告の最後には、この趣味終了とお伝えできると思います。飽きてきたっていうのが、本音です。。

昨今の高級志向の流れのなか、安くて魅力的なガジェットは現れず、それだけ市場が成熟しつつある中で、いかに物欲を消化するかの答えが、この集古デジカメなのかなと言い訳を考えております。そして、ワタクシ、つくづくカメラが好きなんだなぁと実感しております。写真よりもw。。そんな私の釣果に少しの間、お付き合い下さい。

つづく

01趣味

ビーチコーミングってご存じですか。

ググると~、

浜辺で貝殻などさまざまな漂着物を拾い集めて観察しながら散策すること。

だそうで、実に浪漫あふるる趣味ですね。私も一度くらいは砂浜を散策してステキな何かを見つけてみたいw。

多分、私には夢中になる素養があるような気がします。ジャンクを買い漁るという行為はビーチコーミングに似ています。たった1年続けただけの、このジャンルの新参者ですが、そう結論づけましたw。まさに漂流物蒐集です。

買いに行くというより拾いに行く感じが漂流的。

何が落ちているのかわからないところが漂流的。

使えるかどうか分からないところが漂流的。

その商品の出荷当時の様子を知らない故にその機種について語れないところが漂流的。

物流という本流からリサイクルの流れを辿って中古もしくはジャンクという波打ち際に辿り着いた感じが漂流的。

そして、ここに留まるのか、流れていくのかわからないところが漂流的。

つまり、ある種の人間にとってカメラは漂流的・・・な、感じがします。

webには、この趣味の先達の主催するHPが実にたくさんあります。実際、中古デジカメ蒐集は今が旬なのかもしれません。小さなブームなのではないでしょうか。所有台数が三桁という方も居られますし、拾ってきてはある程度使って、オクに流すという漂流加速型の方もいらっしゃいます。強烈なウィルス(Leicaとかね)を発していないあたりは罪がないです。そんな先輩方のほとんどは実にカメラにお詳しい。読んでいて学べます。一方、私は薄っぺらい知識で進むしか無いと今から言い訳しておきます。

詳しいスペック等はweb上にごろごろしておりますので、今さら私が語ることはありません。この報告もただひと言、「カメラが好きであります」と言うだけで、実は事足りるものなのですが、最近多くは語らずで通してきたこのブログで、珍しく気が向いたので、何かつぶやいてみようと思った次第です。

つづく

ジャンク=漂流物の宿命として、そのほとんどは昔のデジカメです。新品などとは縁遠い世界です。

昔のデジカメというと、思い出すのが、唐突なんですが、近所のお惣菜屋さんです。近所のお惣菜屋さんに売っているコロッケのポップが「昔のコロッケ 一個150円」となっているんですな。・・・昔のコロッケを売るなよ!と、ツッコミを入れたくなります。行くたびに写真を撮りたくなりますが、ショッピングストア内撮影禁止なので我慢しております。昔ながらの~とか、昔風味の~とか、昔懐かしい~とか、昔のレシピの~とか、なら分かりますがね。ま、web上でも結構、昔のコロッケを売っていますね。間違った表現ではないです。ただ、ホントに古いコロッケだったら困るので、買ったことはありません。

閑話休題。。

で、昔のデジカメですが、こちらはホントにただ古いんです。

最近クラシックデジカメという恰好いい言葉をwebで見つけたんです。ロマンを感じる、そそる響きです。でも、古典という意味ではアリかもしれませんが、格式という点ではなにか威厳のようなものがデジカメには欠けているように感じます。フィルムカメラとは違うものに思えます。古くなって味が出てくるという意味では共通しているけれど、価値が出てくるのかといわれると世間的には価値がないと言わざるをえない。もっともフィルムカメラもフィルムの衰退とともに中古価格が下落しているのですから、ただ単に古い=クラシックでも良いのかも知れません。なにかいい言葉がないものかしら。アンティーク、骨董、レトロ、ちゅうぶる、化石、オールド・・・。

デジカメの起源をウェキってコピってみると、

*1975年(昭和50年)12月、イーストマン・コダックの開発担当者Steve Sassonが世界初のデジタルカメラを発明する。

*画像をデジタル方式で記録する初めての一般向けカメラは1988年(昭和63年)に富士写真フイルムから発表された「FUJIX DS-1P」であり、当時のノートパソコンでも使われたSRAM-ICカードに画像を記録した(未発売)。

*実際に店頭に現れた世界初のデジタルカメラはDycam社が1990年(平成2年)に発売した「Dycam Model 1」である。

*1994年(平成6年)発表・1995年(平成7年)3月発売のカシオ計算機のデジタルカメラ「QV-10」は、デジタルカメラの存在と利便性を広く一般に認知させた製品である。

としています。つまり、一般に認知されてから20年程度です。

クラシックデジカメとは、毎年発表される新作機種に一喜一憂し、その進化を追いかけ続けるようなカメラ好きにとっては存在するが、一般の消費者にとっては単に古いデジカメでしかない。壊れない限りは普通に使い続ける存在ですし、壊れれば治せない消耗品です。私がクラシックだよと言っても、モノを大事にする方からすれば、普通に今使ってるし、となります。20年とはそんな時間のような気もします。ただ、デジタル機器のなかでも、その進化のスピードが早いデジタルカメラですから、その時間もフィルムに匹敵する長さを経てきたような気もしているんですがどうでしょう。その時々のトレンドという点ではフィルムカメラをはるかに超える数のセールスポイントが存在したと思うのですが。(譬えば、コンパクトカメラの場合、フラッシュやデート機能の有無でランク分けされていた時代がありましたが、コンデジの場合はもっと多彩なトレンドを短期間で生み出したと思うんです)

ひとつ言えるのは、今は”古いから”という理由だけでジャンク品になる存在だということです。そこが、この趣味のポイントのひとつで、ジャンクだから使えないというわけでは無いということです。だから、拾ってこれるのです。”古いから”価値がない存在と思われている以上は、一定の人に価値のあるモノもジャンクになるんです。だから、楽しめるのです。。

つづく。。

デジカメジャンク遊びをしている諸先輩方のHPにたいてい書いてあることを私も書きます。なんか書いとかないとすっきりしないんですよ。それはジャンク遊びの注意点。貴方がまさかこの趣味をかじってみようなどと思わないことは重々承知しております。ただ、こういうサイトをやる上での通過儀礼?かも知れません。

クラシックカメラ、古いカメラは、フィルムさえあれば(電池も必要かな)、結果として手に入れられる画は現代のそれと変わらないと謂えますし、素直にレンズの描写やカメラの操作感を味わう事ができます。ちゅうぶるデジカメ。コイツはそうはいかない。フィルムの代わりの撮像素子は、作られた時代においては量産の限界に臨んだ、ある意味、最高画質だったかも知れませんが、現代のそれとは、比べるまでもなく劣ることをお忘れなく。それを理解し、それを愛でる心が必要でございます。。

取扱い上厄介なのが、専用バッテリーの存在と、記録メディアの規格です。ほとんどのジャンク品は、その両方がない状態で転がされています。バッテリーは有ったところで寿命を迎えているケースが多いです。その一方で、乾電池が使える機種というものも意外と多く、集古の入り口としてはその辺りの漂流物が扱いやすかったです。また、専用バッテリーにはパッケージだけ変えて中身は同じと言うものも散見され、そんな知識の増えるのも楽しみです。意外と高いのが充電器なのですが、こちらはマルチ充電器的なものがあるので、たいていは問題なく充電できます。なかにはガム型電池など対応できないものもありますが、カメラ自体が充電器になっているものも多く、今のところやりくりが出来ています。

記録メディアは現代の主流のSDカードが使われているものは問題無いのですが、XD、スマートメディアというものも結構多いのです。内蔵メモリの無いカメラは、メディアがないとホントにただのゴミです。なので、必要なモノを1枚は手に入れなくてはなりません。古い規格のものは割高感が否めませんが、今でも新品を売っています。安いものを物色したいものです。

画質に関しては、劣ると書きましたが、感じ方は人それぞれ、捨てたもんじゃありません。劣っているのは画素数と画像エンジンであって、劣っているなりに、それが長所になるような描写をしてくれるものもあります。私のように写真のフィニッシュがネットという者にとって、300万画素もあれば、多すぎるくらいです。古いデジカメをいじっていると本当にメーカーの画素数競争に付き合う必要はないなぁと感じることができます。それにレンズやボディの質感など現代よりもクオリティが高いんじゃないかと思われるものもあります。特に黎明期を経て発展期に入ったあたりの商品はメーカーの力の見せ所といった時代があったのではないでしょうか。(もっとも、近年の高級志向、ハイエンド傾向はスマホなどと競合しない分野の開拓として、各社が力を入れている部分ではあり、そういったデジカメの質は文字通り高品質であり、このカテゴリの商品群がジャンクになる頃、中古デジカメ趣味は再び盛況になるような気がします)

操作性については、創世記のまったりした動きのものを除けば、2000年代のものは起動も早いし、書き込み速度も我慢できる程度です。意外と普通のものが多く、特に時代を感じさせるものは少ないと思います。ま、コレは私の感想で、私のメイン機材が最新のものではないということも手伝っているかもしれません。

最後にデジカメは家電ですので、電気を使ってます。私はその辺の知識が殆ど無いのですが、古い家電が怖いものであるように、同じく古いデジカメも怖いものだと考えたほうが良いです。何事もそうですが、デジカメ拾いもまた自己責任の世界でもあるのです。くれぐれもご注意を。デジカメ集古は、それらを踏まえた上で、拾ってきた漂流物が、使えれば成功であり、使えなければ使うのは諦める。そんな趣味です。

つづく。

 

まずは新品で買ったカメラの話から始めることにしましょう。

私のデジカメ初体験は1998年3月に発売された「OLYMPUS CAMEDIA C-840L」です。
OLYMPUSのHPには「CAMEDIAシリーズ待望のコンパクトタイプ初のメガピクセル機」と謳われております。総画素131万画素1/2.7インチCCDの撮像素子に惹かれて購入したと思います。
この頃の私のメインカメラは、「KYOCERA SAMURAI x3.0(green)」。まだまだフィルムカメラが偉い時代でしたが、我が家はwin95で空前のPC&ネットブームw。
周辺機器の環境整備に燃えていた時代に入力デバイスのひとつやふたつ、喩えそれが理想とかけ離れたスペックであっても買ってやるという新しもの好きの血のさだめに従い、デジカメ導入となった次第と記憶しております。。。
いいじゃないですか、新しもの好きの血は文化を促進いたします。

で、C-840Lですが、物自体はしっかり作りこまれ、故障知らずな優等生でした。
オプションのコンヴァージョンレンズも、マクロ、テレ、ワイドと揃え(こいつらは後年色んな場面で役にたちました。レンズベイビー2.0にもつけられましたし)、結構な投資になりました。写した写真でオリジナルのカレンダーを作ったりもしたもんです(あるあるね)。
ただ、どうしてもずっと使い続けようとは思えませんでした。
なにしろ電池の消耗が早すぎる。当時はエネループもないし(2005年発売)、ワンサカ用意した電池は瞬く間に減る。スペック表を見ると、撮影可能枚数100枚となっていますが、今思い返すと、あくまでイメージですが、20枚がいいところだったような、そのくらいすぐ燃料切れしたイメージです。
もっとも、100枚記録できるほど、大きなスマートメディアも持っていなかったので(このスマートメディアがこの趣味で役に立っています)、20枚でもまぁいいかと、そんな感じでした。スマメも高級品でしたからねぇ。。
実際、このカメラだけの問題ではなく、当時のデジカメはどこのものも似たようなものだったと思います。このカメラは初めてオグリキャップに会った時に使ったカメラとして記念に昨年2013年まで保存してましたが、断捨離の結果、漂流してしまいました。先日、ジャンクの波打ち際で同じ機種と再会しましたが、挨拶だけして、そのまま放置いたしました。。今思うとエネループで使ってみればよかったかも。。( ´゚д゚`)エー。。写り自体は良かったですからねぇ。。

この後、メインカメラとしてPENTAX MZ-10(1996年6月発売)を購入。
数世代型落ちだったので、こんな値段でレンズが2本もついて夢みたいと思ったほど安かった。私自身初のレンズ交換式一眼レフカメラ(←言い方変?)でした。軽くてファインダーも見やすく重宝しましたが、なにしろ競馬が撮影の主題なので、力不足は否めませんでした。
コンティニュアスAFなしに動きモノを撮る実力は私にはありませんでしたし、なにより、コンティニュアスAFの存在を知らずに数年間ピンボケと格闘し続けたカメラ音痴なのでした。
「競馬>カメラ」の構図が物語る悲しくもアホらしい時代は結構長く続くことになります。それでも、スペシャルウィークやエルコンなど歴史に名を残す名馬をフィルムに収めてくれたのもこのカメラでした。
コイツも昨年漂流し、今我が家にある唯一のフィルムカメラは「大人の科学マガジン」Vol.25のふろく、35mm二眼レフカメラのみになりました。使ったこと無いけどね。

つづく。

2014

2014

Canon PowerShot Pro 90 IS。このカメラが私の2台目のデジカメであり、デジカメ人生の根幹となる機種です。まぁ、競馬で喩えたらエクリプスみたいな感じですかね。。と云っても似ているのは根幹をなすという点のみであって、Eclipse first, the rest nowhere.的なことわざとは若干異なって、いくらでも並ぶものは居ますけどって機種です。さすがにボディの文字はかすれ、グリップのラバーはベタつきが出て全部取ってしまいました。

私のカメラの原体験は、MINOLTAのエレクトロショット(1965年発売)でした(父親のカメラ)。何度か使いましたが、レンジファインダーが見えにくかったのを覚えております。
人生初の自分のカメラは1970年代に、ブローニーフィルムを使ったダイアナの派生モデルDiana Deluxeを買いました(八千代台ユアエルムで1Kくらいで売ってた)。当時「Diana」が読めなくてずっと気になっていたのを思い出します。フラッシュがついていて、それもフラッシュランプ?(どうしても名前が思い出せません)的なものをセットして、一回ボンッ!と焚くと終わりというものでした。焚いた後は電球がジュージュー音を立てて焼けただれた様になっていたのを覚えております。
お小遣いは、フィルムと現像、そしてこのフラッシュランプ代で使い果たしておりました。子供が毎月現像に来るのが珍しかったのか写真館のお姉さんと顔見知りになり、私の写真を見ながら批評めいたことをしてくれた事も今は霞がかってかすかな記憶です。
その頃は千葉の田舎に住んでましたけど、近所にカメラ屋さんが3件もあり、ショーウインドウに並んだカメラを見るのが好きでした。私は小学生でしたが、当時、隠れたカメラブームがあり、少年ジャンプに連載された「ピンボケ写太」(1978年)という作品がその火付け役でした。この漫画は大人になってから苦労して全3巻揃えました。
また、その頃、子供向けのミニ本に「こどもポケット百科 みんなのカメラ教室 実業之日本社」(1977年)というのが出版されていて、それを見るのが日課のような日々。今でも図鑑やカタログ的なものが大好きなのですが、原点は子供の頃のこんな過ごし方にあったのかも知れませぬ。
その本の1/3程度がカメラカタログになってまして、当時人気のカメラたちが載っておりました。OLYMPUSのOM-1、CANON AE-1などが憧れの存在で(不思議とニコンには興味がなかった)、いつかは欲しいと思いつつも、その天文学的数字のついた値段に自分とは無縁の世界だと感じておりました。子供でしたしね。
ミノルタエレクトロショットはその後故障、ダイアナは光漏れで使えず(と思っていましたが、今なら味?)、中学、高校とカメラとは無縁の生活でした(別の趣味に没頭しておりました。これはまた別の機会に)。
その後、レンズ付きフィルムが全盛を迎える80年代後半、すでに社会人でしたが、再び忘れかけていたカメラへの憬れが蘇ります。そして、京セラSAMURAIへと辿り着くのでした。

そんな昔からのカメラ好きがカメラ音痴のままMZ-10で悪戦苦闘していた2001年に転機が訪れます。
それがその年の夏に行われたラジオ日経主催の北海道牧場めぐりツアーでした。競馬雑誌(週刊ギャロップ)の広告で知りました。
今考えると出不精のふたりがよくこんな企画に乗っかったなぁと思うんですが、何しろ競馬が、そして馬が大好きでしょうがない時期だったので、いてもたってもいられず申し込んだんでしょう。
結果として、ステキなツアーでしたし、同行していた参加者の皆さんも気分の良い方ばかりで大満足でした。
道内ではバス移動だったのですが、添乗していたバスガイドさんが「これほどお客さんにかまってもらえないツアーは初めてでした。皆さん馬にまっしぐらで・・・」なんて仰ってましたからまさに馬好きだらけの大運動会。。
で、出掛ける前に、どのくらいのフィルムが必要なのか、つまり何頭の馬に会えるのか、ツアーの詳細を見ても全く分からなかったので、ここは撮影枚数に制限のない、フィルム交換をしなくて良いデジカメを投入するのが良かろうとなりました。

そこで、購入したのが、今回のPro90IS(2001年2月発売)でした。258万画素。ついに憧れのCanonを手にした瞬間でもありました。
奇しくもライバルとして購入を検討したのが、OLYMPUSのC-2100 Ultra Zoom、CAMEDIA C-700 Ultra Zoomでした。量販店でチェックして、結果Canonを選択し、夏の旅行へGOしたのを覚えております。
旅行中は記録メディアもかさばらないので便利でした。一日の行程を終え投宿後は、BUFFALOのストレージにデータをコピーすれば、また次の日はフルにメモリを使えるという未来感が当時は快感でした。今となっては泣かせる256MBのCFを使っておりました。
このPro90ISの最大の魅力はImageStabilizerと高倍率ズームです。望遠側(135換算370mm)ではC-700 Ultra Zoom(同380mm)に若干劣りはしましたが、テレコンをかませれば問題なしと踏んで(RAYNOX 1.8X 周辺は流れまくり)、希望通りはるか遠くのお馬さんも捉えてくれました。
うまfoto にupしたサンデーやテイオーなど一連の種牡馬たちは本機での撮影です。

さて、旅行では大活躍だった本機ですが、いざ競馬場で使うとなると、とたんに戦力を失いました。このへんが素人の機種選びなんですな。
あれほど欲していたコンティニュアスAFはこの機種にはついておりません。なんでそんなんで買っちゃうかなぁ。。と。
ただ、EVFが常時対象にピントを合わせ続けるということで、動きモノにも多少は効果があるかと思っておりましたが、これが当たり前ですが全く意味が無いんですな。確かにピントは合わせ続けてくれるコンティニュアス的EVFなのですが、いざ撮ろうとシャッター半押しにすると、その段階から改めてピント合わせを始めるというどんでん返しがw。
しかもそのピント合わせがオッソイ。更に連写が0.7/秒という、普通に一枚ずつ写したほうがマシな感じで、進退窮まります。。
とは言うものの考えてみれば現在でもコンデジでコンティニュアスAFで連写できる機種となると極々限られたモデルではないかと思います。デジ一との住み分けとか関係あるんですかねぇ。。

また、バッテリーの減りも早かった。1Rから撮影を始めると4Rあたりで終わってしまいます。予備は必須。
そんな状態ではありましたが、これを使い続けなければなりません。そのモチベーションは本機が高額だったということw。確か100kでこぼこだったと思います。
何しろ、格安と謳われた1999年9月発売のNikon D1が希望小売価格 650k、2001年5月発売のD1Xが希望小売価格 590kだったわけですし、2000年9月発売のCanon EOS D30が358kなのですから、デジ一は論外です。
そんな世相の中w、100kで高倍率ズームレンズのついたボディを手に入れられるのですから、当時としても一定の評価があったとともに、ネオ一眼が果たした役割も大きかったと思います。

このころはジャンク遊びはもちろん、カメラを売るなんて思いもしませんでしたから、結局その後2年間はこれ一本で頑張りました。だんだん癖がわかってくるにつれて、まぁまぁ写っているじゃないかというものが出来てきました。
TCKのトゥインクルにも連れて行きました。パドックの一番明るいところを探すことから始めて、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるでいきたいのですが、実際はAFが激遅なので、そこそこしか打てない。
でも、遅いAFが嫌いではありませんでした。不思議なんですが、シャッターチャンスというか、その機会が失われても我慢できるのでした。なんか機械が頑張ってる感が伝わってくるようで放擲する気になりません。
むしろ一番の不満はその画質でした。これは発売当時一般的にも不評だったのではないかと考えております。当時はリバーサルフィルム全盛で彩度の高い綺麗な写真が優駿の誌面を飾っておりましたが、本機の画はそれと似ても似つかないものだったのです。
とにかく色が薄いんです。乾いたデジタル画像なんですね。不思議なんですよね、同世代のライバル機はそこまでひどくなかったと思うんです。とにかく緑が黄色い。。これは今も好きになれません。

それでも、本機には感謝しているんですよ。本機の得意分野じゃないフィールドに連れて来ちゃって(競馬場で使っている人を見たこと無い)、本人が夢見ていた活躍の場は与えられずスマンという感じなんですが、この不自由のお陰で、たいていの古デジカメが普通に感じる(爆)。

貴方も自分のデジカメ原点があるんじゃないですか。

Canonに関してはデジ一のフラッグシップ機まで辿り着いたんですが、フラッグシップ機を使ってはじめて、本機が使えるようになったような気もしてます。
素人だから安いカメラとか、高い機種は使いこなせないとかはフィルム時代の話のような気がします。
プロ機のほうが失敗しないし、簡単に写せます。機能が限定されたエントリー機のほうが大変なんですよね。
とにかく本機は色んな事を教えてくれた私の銘機なんです。変な形ですけどね。。

2014

2014

つづく。。

 

 

PowerShot Pro90 IS を使い続けていた2003年、衝撃の機種がデビューいたします。

CANON EOS Kiss Digital(2003年9月発売)。言わずと知れたエントリーデジ一の元祖です。
レンズキットが14万円也で発表になった時には嬉しかったですねぇ。新聞広告をずっと見てた記憶があるのですが偽記憶かな?中身はEOS10Dと同等(後日ロシアンなファームで機能開放なんてのもありました)。これはもう身も心もデジタルカメラに賭けようと購入に踏み切ります。
悩みに悩んで望遠レンズも買っちゃいましたよ。EF70-200mm F2.8L IS USM(2002年8月発売)。もう後には引けないっす。とにかく競馬場で使うということだけが機材選びの条件ですから、明るくて長いやつが必要だったのです。この時点でメインマウントはEFに決定したのでした。

でもね、まだないんですよね。AIサーボが。
ただ、今回は自分で設定できないだけで、カメラが自動的に判断してAIサーボが起動するんで全くないわけではないのです。実際使ってみると頑張ってピンを合わせ続けてくれましたよ。出来は良いです。
ただ中途半端ですな。普通に使わせてくれよという感じ。本機の出してくる画は美しく、連写も2.5枚/秒と遅いながらもあり、軽量でバッテリーの保ちもまぁまぁです。PRO90ISでの不満はほぼ解消され実に満足度の高い機種でした。
ただ唯一、使い続けるうちに気になってくるのがボディの色です。グレーなんですよね。コンデジのグレーは全く気にならないんですが、デジ一のグレーが好きになれませんでした。
なんでかなと思うに、レンズと合わないような気がするんです。黒も白も。コンデジはボディレンズ一体型なので、それなりの配色となっており気にならないんだなと。。
で、本機発売の翌年4月にブラックボディがリリースされます。腹立ちますなぁ。。最初から出してくれよという感じでしたわ。その頃には連写がもう少し速いと便利なのになぁと感じるようになります。
その後、一年間ほど使い続けましたが、結局喜び勇んで手にした初のデジ一とは2年目を迎えることなく1年半強でサヨナラとなりました。正確には別のカメラを買うための下取りに出したのでした。

私の記憶にはほとんど不満のなかったカメラとして残りました。その思いが、昨年2013年から始まった中古蒐集で蘇ります。
実はこの趣味のごく初期段階に元祖キスデジに逢っておりました。2Kでお釣りがくる出物でした。ただ、グリップのベタつきありということで拾いませんでした。
蒐集初期の頃はデジ一よりコンデジ、コンデジよりレンズに比重をおいていたので、いつでも逢えるさと見送ったのでした。
ところが、時を経て、いざキスデジを探すとこれが全く出ないのです。、もとより、何が落ちているかわからないところがこの趣味の醍醐味ではあるのですが、これには参りました。
私の徘徊エリアは決まっておりました。新宿西口、池袋東口、ご近所の3箇所のみ。これ以上の遠征はしません。足代がかかってしまい高くつくんです。
この趣味初期段階ではオクも厳禁でした。これは単純に個人情報保護のためだったのですが、実際には最も手っ取り早い方法であることは当時も心得ておりました。匿名取引というシステムもあるらしいので、最後の砦として残しておきましたが、オク参戦に踏み切るには、まだ時間が必要でした。

で、キスデジと再会したのが2014年4月。
実に10年ぶりに手にしました。一度逢っていたキスデジより外装のコンディションは良くありませんでした。しかも、グリップはベタつきあり。しかし、ここを逃したらもう逢えないかも知れません。ジャンクは常に一期一会。見つけたら買えと。1.5Kでしたし。
というわけで、現在ファーストキスデジが我が家に居ります。彼の漂流は一旦終わったわけです。新品だった頃には無個性だったカメラが、旅を終えて個性を(瑕疵)持つのが中古デジカメです。ベタつきは綺麗にして、更に革を貼ってみました。

2014

2014

合わせたレンズは、ジャンクのFD50mm。
FDレンズは無改造EOSで使用し無限遠を出すには補正レンズ付きのアダプターが必要になります。補正レンズのイメージは画質が落ちるという頭があったのですが、いざ使ってみると思ったより気になリませんでした。ふんわりフレアも嫌いじゃありません。
何だもっと早く導入すればよかったとさえ思いました。それよりもFD自体の2線ボケのほうが気になります。どうも好きになれない。
結局、この50mmと後に35mmを手に入れた段階で蒐集中止にしました。55mmf1.2が欲しかったのですが、FDの描写が欲しい時にはこの2本でやっていくことにしました。。

2014

2014

 

ジャンク蒐集をやっていると、

「終着駅」という曲を思い出します。。。

落ちデジ舞い散るジャンク場は

悲しいカメラの吹き溜まり

だから今日もひとり、明日もひとり

過去から逃げてくる。。。

 

そんな過去から逃げてきたレンズ EF28-105mm F3.5-4.5 II USM(2002年 8月 8日発売)を拾ったのは2013年の晩夏。

2014

2014

まさかのジャンクカゴで出会いました。手に取るとズシッとくる378グラム。。なんでこんな所に居るの?って感じでした。
光学系も綺麗だし、外装もほぼ無傷。チープどころが高級感漂う仕上がりです。カゴに入れたてホヤホヤな一期一会。2k。。即確保いたしました。
この趣味をしていなければ決して手に取ることのなかったズームレンズ。ほぼ同期のキスデジと合わせてみました。発売時期も一年違い、我が家に来たのも半年違いなふたりです。
この二人合わせて3.5K!世の中どうかしてますぜ。

2014

2014

やはりいいですなぁ。。630万画素APS-Cの美しさ。。

2014

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2014

ところでシャッター音の大きさには驚きました。パコーンって感じです。こんなんだったけかなぁ。。

2014

2014

パコーン!

2014

2014

パコーン!

2014

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パコーン!

2014

2014

パコーン!

2014

2014

パコーン!

2014

2014

パコーン!

2014

2014

 

邪魔してごめんね。にしても、やっぱいいわ、キスデジさん。。と、日記には書いておこう。

つづく。

さて、引き続き新品で購入したカメラのお話です。

ほとんど不満のない初代キスデジと「さよなら」したのには理由がありました。それが、2005年4月29、30日に笠松競馬場で開催されたオグリキャップの里帰りセレモニーです。
オグリファンにとっては、競馬場にいるオグリキャップを写す最後のチャンスかも知れないビッグイベントです。ここは万全を尽くしたい。人事を尽くしたい。と考えた時に、体調管理やらスケジュール調整やら色々ある中で、「確実に写せるカメラを」と考えるのは、カメラ好きとしては当然の帰着であります。えぇ、当たり前ですw。

白レンズを購入した自分にCanon以外に選択はありません。2004年9月18日発売 EOS 20D。これしかありませんでした。
20D購入に際して、キスデジを下取りに出しました。買い替えキャンペーンでもあったのかな?確かな記憶はありませんが、初めてカメラを売ったのがこの時でした。何しろ20Dは200K!おいそれと買えるものではありませんので、キスデジを残してもう一台とはとてもいきませんでした。
フィルムカメラはまだ持っていましたが、自分のカメラの体制としては、デジ一1台、コンデジ1台(Pro90IS)となって安定感を感じたものでした。
でも、これって、なにかマスコミの刷り込みというか、サブリミナル的な固定概念で、素人には、メイン・サブなんて意味が無いということに気づくまでにはまだまだ時間が必要でした(ワタシ的には)。

とにかく20Dをいきなり実践投入での笠松参戦でしたが、期待通りのパフォーマンスに大満足でした。ピントの自動追尾もまずますで、連写で的中率を稼ぐことで、そこそこの打率は稼げました。
なんにしろ、オグリキャップが目の前にいて冷静にシャッターを切れるほど、度胸もないので、とにかく夢中でした。

2014

2014

 

コンデジ→エントリー機(入門機)→ミドル機(中級機)と、絵に描いたようなステップを辿ったことになりましたが、この辺は神経質な気質のなせる業かも知れません。
20Dはスタンダードでは地味な発色だと思います。この辺は人それぞれの感じ方があると思いますが、私はそれが優しくて好きです。たまに彩度を上げますけど。。
とにかく、こと画質に関してはオールタイム・ベストワンです。大好きです。APS-Cに800万画素はベストなのかもしれません。
2014年時点で10年目に突入した20Dとの付き合いですが、今も元気です。一度シャッターユニットを交換しましたが、結果としてそれも長寿に一役買っているかも知れません。
昨年、断捨離断行の際に、久しぶりに20Dの入っていた箱を見つけたのですが、買った当時の感激を思い出しましたよ。本当に嬉しかったなぁって。。あの頃は若かったなぁ。。

不満は99%ないです。満足度99%。起動も素早いし。。ひとつだけ・・1%の不満。それは、シャッター音です。ミラーの音だと思うんですが、とにかく大音量w。
初代キスデジを2014年に再購入してシャッター音の大きさに驚いたのですが、20Dも負けておりませんよ。何と言っても、パドックで馬が振り返るw。。。
るーさんの40Dは品のある音がします。これが正統進化の結果なのですね。Canon偉いね。

20Dは購入から2年間、競馬撮影の主力として活躍してくれました。2007年夏に憧れの1d系を導入し、競馬撮影から引退します。
蛇足ですが、2007年は私の馬券史上最高の当たり年でした。特に春のGIで好調でした。白眉は第12回NHKマイルC。ピンクカメオが17番人気で優勝し、当時TCK所属だったウッチーの初GI制覇となったレースを穫れたのは嬉しかったです。その他なんやかやを元手にして1d系を入手出来たのは幸運でした。
これがなければ、まだ20dで頑張っていたかもしれません。なぜなら、2007年以降、馬券の大当たりはないんですから。。とほほ。

競馬撮影から引退した20Dですが、稼働率は所有している全カメラの中でトップです。
散歩カメラに最適。さらにレンズ遊びの母艦として活躍してくれます。M42マウントを集めているのですが(と云って4~5本くらいですよ)、すべて20Dで使うことが前提になります。
さて、上の写真で合わせたレンズはヘリオス85mm(M39)。これは集古デジカメ以前にKING2さんで購入しております。
今はブラックの流通も多いようですが、私が懸命に探していた頃には銀の出物も少なかった時期でしたので、ブラックが羨ましいと思いつつも銀で我慢しております。夏の炎天下ではギラギラします。
プリセットの絞りも使いやすく、ピンが合ったところはシャープです。
私の個体だけかもしれませんが、黄色い風景が写ります。そして、グルグルボケがたまりません。。手放せない1本です。ヘビー級ですけどね。

2014

2014

古い写真ですが並べてみました。

 

2010 東京競馬場

2010 東京競馬場

ぐるぐる。

2010 東京競馬場

2010 東京競馬場

発売当時は高感度でもノイズレスが特徴だった20D。今でも全然イケテマスな。

2010 東京競馬場

2010 東京競馬場

MFなので動き物は大変です。

2010 東京競馬場

2010 東京競馬場

トキノミノル像。

2010 東京競馬場

2010 東京競馬場

最後にレンズを変えて、EF70-200で、うまたせ君。。

2005 TCK

2005 TCK

 

20Dがもし壊れたら、また20Dを探す旅が始まると思います。いまから予備機を探しておくのもいいかもしれません。
これを執筆時にはこの集古デジカメという趣味を終了しています。ターゲットを絞って彷徨って見るのも一興ですね。今度はジャンクではなく新同品で。。。

つづく。

 

 

新品で購入したカメラのとりあえず最後の1台は、我が家のコンデジの絶対的エース RICOH CX4(2010年9月3日発売)です。

RICOHとの付き合いはGRデジタル(初代。2005年10月21日発売)からです。私が好きなブロガーさんがGRを押していたのが購入した理由でしたが(このブロガーさんのブログはめちゃくちゃ写欲と物欲を刺激されるんですわ・・・いまだにw)、実にユーザーフレンドリーなカメラでいっぺんにRICOHのファンになりました。
その後、お手軽なミニチュアライズが楽しめるということで、CX2(2009年9月11日発売)を購入しました。ミニチュアライズに関しては、それまでレンズベイビーで試したり、シフトレンズを購入してみたりしたのに、デジタルの貪欲さは何でもやってくれちゃうんで、今までの苦労を返してほしいって誰に云ってるんだかわからない状態になったりしたもんです。
CX3はスルーできたのですが、クロスプロセスなどの新機能追加のCX4(2010年9月発売)は見逃せませんでした。。2年間使ったCX2を下取りに出してお買い上げしました。
ちなみにGRは壊れるまで使い、GR IV(2011年10月21日発売)に買い替えし、そのIVは昨年の断捨離の際にまさかの現金化。
他にほしいカメラができてしまいその為の資金とは言え、ちょっと勿体無かったかな。。
ただ、GRは不思議とレンズ出っぱなしや撮像素子にゴミの付着といった不具合に見舞われることが多くて、それが手放す原因になったのも事実です。
GRを売ってもCX4は売りませんでした。それは間違いなくよく撮れるカメラだからです。というとGRが駄目みたいですが、もちろんそんなことはありませんよ。
ただ28~300mmと広角もGRと一緒ですし、万能性重視で残留組となりました。

2014

2014

1/2.3型CMOSに1000万画素を詰め込んでいますので、画質的に良いとは言えませんが、それも等倍鑑賞での話です。失敗が少ないというのは大切ですよね。
不満はツルツルボディです。持てないっつーの。。革貼りキット買おうかなと思い続けて4年経ちましたけどw。。その点CX2のグリップはカッコ良かった。

2014

2014

RICOHのCXシリーズは2011年12月16日発売のCX6を最後に途絶えてしまいました(たぶん)。
2014年10月段階でRICOHのコンデジのラインナップは、GRとPENTAX XG-1、MX-1のみとなりました。CXの最終形のCX6はいつか抑えたいと思います。

2014

2014

CX4は我が家にとって、気軽に思い通りの写真が撮れるというシンプルな道具として貴重な存在です。動きモノには弱いですけどね。でも自動追尾AFは健気で好き。

2014

2014

ノイズは多めですが、目障りな出方はしないですな。

2014

2014

マクロに強いのはRICOHのお家芸。近年は他社さんも頑張っておられる。

2014

2014

いつもの猫。。

2014

2014

バッテリーも長持ち。

2014

2014

 

2014

2014

秋の空が広がっておりました。とにかく、カメラ何持って行こうかなぁと考えた時に間違いないのが本機ですね。とりあえずどんな被写体でも頑張ってくれます。
CXシリーズは中古相場で意外なほど値崩れしていないイメージが有ります。CX1もそこそこの値段ですし、私がジャンク徘徊をしていた期間にCXのジャンクには一度も遭遇しませんでした。。もう少し安くなればコンプリートしてやろうかとも思いましたが、さすがに物欲と不安の法則にのっとり却下。。
CXシリーズの復活に期待したいです。

つづく。。

私の古デジカメ蒐集スタイルは、テリトリーを徘徊し落ちデジを拾って悦に入るという形が基本形でした。大方は似たような感じで楽しまれていると思います。
で、そこからどうするのかは個性の出るところじゃないでしょうか。譬えばディスプレイを楽しむとかカメラの評価をwebにUPするとか、それぞれ派生的な楽しみ方があるのではないかと思います。
私の場合はどういう広がり方をしたのか少し書いてみたいと思います。
まず、自分にとって一番の変化、それは増えるのはカメラだけじゃなく関連グッズもまた増える・・ということでした。

中古カメラって基本的に他人が使ったものですよね。となれば何はともあれクリーニングは欠かせません。
中性洗剤とか激落ちくんとか最初のうちはその辺にあるものでまかなっておりましたが、そのうちに次亜塩素酸ナトリウム的なものや、無水エタノールなどが最前線に配備されます。
誰が触ったかわからないものなんで出来れば触りたくないんですね、神経質ですから!(じゃぁ、こんな趣味やんなって話ですがね)。
携帯がなかった時代、電話魔だった私はよく深夜の公衆電話で友人と長電話をしたものですが、最近はできることなら公衆電話は使いたくないと思うようになってしまいました。よく平気で使っていたなぁと。。
ま、これが時代の流れなんでしょうね。実際はそれほど影響があるわけじゃないし、もっと言えば公園の水道水も飲んでたしなぁ(のどが渇けば今でもありがたく頂きますけどね。関係ないけどニューヨークあたりじゃ水道水がブームらしいですな)。。
ただ、気にし始めちゃうとダメなんですよね、こういうのって。。
で、無水エタノール用にハンドラップを東急ハンズで購入し、シルボン紙も揃えました。これにより、撮像素子の清掃も自分でできるようになりましたよ(便利)。
さらにレンズなどはカビ除去などの際に分解掃除をしないとなので、精密ドライバやリューター、銘板を外すためのゴムの塊やカニ目代わりに加工するためのペンチなどを100均で調達いたしました。
治せなくなったレンズ(おい)は新たな組み合わせによりオリジナルなレンズにしたりするので、そのためのエキシポパテとか多用途接着剤などが集まり、結果として、道具箱がひとつ出来上がってしまいました。
DIY的なことは一切しない私ですが、結構、勝手に道具の知識やスキルが増えるという意外な副作用がありました。レンズをバラしていると一日中遊べる。。お安い趣味です。。
バラされたレンズたちも日増しに増殖していきました。

2014

2014

次に派生した楽しみ方としては、古デジカメだからこそ、拾ってきたカメラだからこそ出来たデジタル赤外線写真です。。
早い話が赤外線カメラへの改造です。ま、改造というほど大げさではないんですが、撮像素子の前に付いているローパスフィルターを取り除く除去手術と取り除いたフィルターの代わりになにか透明の板とインフラレッドフィルター的なものを入れる移植手術を施すというものです。
すると、最近、「うまfoto」や「てくfoto」で公開しているインフラレッドフォトグラフが撮れるのです。

2014

2014

写真中央の淡いグリーンの四角なものがローパスフィルターです。左が撮像素子で右は液晶パネル。。こういうものがいつの間に増殖するんですねぇ。デジカメをバラしていても一日中遊べるw。。

とにかく見よう見まねで始めた改造だったので、初期段階では実験レベルです。犠牲になった個体が数体Ω\ζ°)チーン。。火花1回、感電1回など、壮絶な試行錯誤の結果、どういうモデルが適しておるのかという薀蓄と円滑な作業工程に辿り着きました。。生きててよかった。。
貴方が改造に興味を持たないことはわかっておりますが、くれぐれも自己責任でお願い致します。。マジ危険っす。
一応書いておきますが、最大の危険物はフラッシュ用のコンデンサです。こいつはバッテリーがあろうがなかろうが、また、そのカメラが長いこと使われていなかろうが、ほぼ無関係に電気を保存しております。つまり蓄電池っての?
そんなやつなので、むき出しの配線に触れようものなら、バコーンっと電気ショックを喰らいます。ラムちゃんの電撃を受け続けたアタルは毎回えらい目にあっていたわけです。
で、ローパスフィルターに戻りますが、世代によって結構違いがあります。顕著なのは新しい機種ほど厚みが薄いことです。質の向上の結果なのでしょうか、技術の進歩を感じました。
確かに薄い方が解像感は上がるように思います。実際現代ではローパスレスを売りにした機種が多数現れております。ローパスレスなら赤外線写真が撮れるかというとそうではなく、ローパスレスな仕様を持った光学フィルターが付いていると認識しております。
なので、私がローパスフィルターと思っているだけで、本当はベイヤーフィルターというのが正しいかもしれませんね。
で、このフィルターは赤外線をほとんどカットします。正しい色再現をするためです。で、これを除去すると、可視光線から赤外線から全部の波長を取り込んだ絵作りをしてしまい、色転びが発生いたします。ので、IRフィルターを移植し、可視光線と遠赤外線の殆どを遮ります。すると、近赤外線と若干の可視光線のみを使った写真が写せるというわけです。
で、除去したフィルターの代わりに透明の板を移植するわけはフィルターを除去したままですと、カメラが近視になってAFが使えなくなるんですね。なので、メガネ代わりに除去したフィルターと同じくらいの厚みの板を入れてやるわけです。。平面な板でも光は直進しないのですね。。

というわけで、いきなりですが、Panasonic LUMIX DMC-FX1(2003年11月発売)です。0.3K。。
ボディはそこそこ傷ついてました。ルミックスのアルミボディはキレイなんですけど、傷がつきやすいですね。きれいなだけに落胆も大きいです。
確保した当初、傷を隠すためにボディに革貼りを施しました。その時に右下の「L」のエンブレムが出っ張って居て邪魔だったので外してしまいました。
でも、なんとなくその革張りが気に入らなくなったので元に戻した状態。。

2014

2014

そして、いきなりですが、CASIO EXILIM ZOOM EX-Z50(2004年10月発売)です。0.3K。。
こちらはデザインが可愛く無いということで、るーさんがマスキングテープを貼ってます。華やか。。

2014

2014

いきなり2機種紹介いたしましたが、実はこのルミックスとカシオのエクシリムやQVシリーズが私のたどり着いた赤外線カメラに改造しやすい機種なのです。
上の2機種は改造済みの個体です。なので、通常の撮影は出来ません。拾ってきて即改造したので、本来の写りも知らないわけです。どちらも大変使いやすいです。起動も早い。特にカシオの一発起動ボタン?は便利です。当時もそれが売りだったようですね。
改造については100均の精密ドライバーセットがあれば十分出来ます。ただ、ルミックスの一握りの機種に撮像素子を固定しているネジがY字だったか、星形だったか、とにかく特殊なドライバーを使わないと回せないものがありました。
PCとか携帯電話などでよく使われているネジらしいのですが、それが3本か4本くらいしか使われていないので、それだけのためにドライバーを買うのもなぁと躊躇していた時期がありました。何か方法はないかと調べていたら、ねじ山がなくなったネジを回す用のネジザウルスという商品を見つけました。その仕組をみていたら、これなら作れるなと( ̄ー ̄)ニヤリ。
要はねじの形状に関係なくネジの頭をペンチで掴んで無理やり回すというアイデアなんですな。
100均のペンチを加工して簡易ねじ回しを作りました。100均のペンチは100均のリューターで削れるの法則を発見w。無事特殊ねじをクリアいたしました。そんなことも楽しみでしたよ。
赤外線改造を支えてくれたのはPanasonic LUMIX DMC-F1(2002年11月発売)でした。
CMにはカリスマ浜崎さんを起用したヒット商品です。このモデルは見た目もキレイですし、写りも普通。いや、むしろキレイです。320万画素は伊達ではありません。
この商品がヒットしたおかげで、沢山の漂流物がジャンクの浜辺に漂着いたします。私が集古デジカメを通して最も多く買ったカメラがこのF1です。そして今は1台も持ってませんw。。
ジャンク箱に入れられたF1は自慢のボディが傷だらけで補修のしようもないものがほとんどでした。故に0.1kというシールがはられておったわけです。
蒐集初期にはスルーしておりましたが、赤外線改造というコンセプトを見つけて以来、こいつで経験をつもうと見つけるたびに拾ってきました。それが偶然改造しやすい機種だったのは幸運でした。結果として、多くの犠牲の上に4台の赤外線カメラを確保するに至りました。

2014

2014

その他の楽しみ方は簡単に紹介すると、

レンズの分解からの新たな組み合わせ実験。

レンズマウントを取り替えて、EFマウントにしてしまう実験。

135コンパクトカメラのレンズを取り出してEOSマウント化してしまう実験。

以上3点に赤外線カメラを加えた4本柱が派生的遊び方でした。ジャンク拾いはビーチコーミングに似ていると言いましたが、拾ってきたものを加工する感じも似てますね。
でもね、一番楽しいのは、そのまま使える掘り出し物(と、本人が思っている)を清掃している時ですよ。これに勝るものなしw。

2014

2014

今、この趣味を知って後悔しているのは、この趣味以前に壊れてしまったカメラやレンズを棄ててしまったこと。結構使えたんじゃないかなぁと思います。

 

つづく。