新しい趣味に没頭しておりました。

昨年夏辺りからですから、ちょうど一年くらいでしょうか。新しい趣味というと、今更感満載ですが、”デジカメ収集”に傾倒しておりました。とうとうマツも壊れたかとお思いになるのは早計、ご安心を。借金に借金を重ね、出てくる新製品を片っ端からなで斬り。。てなことは、したくともできません。

買い漁ると言っても、そこは安サラリーマンですから、中古です。さらに言うならば、中古といってもその中心は「ジャンク」です。ジャンク遊びを覚えたアタイ。。ま、壊れかけていることは間違いないかも知れません。 以前から、ジャンク品というものに興味がありました。イメージは”安い”・・・です。他には玄人の趣味。ヲタ。きっかけは話すと長くなるので、簡潔に言うと、古本趣味・中古ゲーム趣味→ブックオフ→ハードオフ…です(過程はご想像にお任せします)。

あらためてジャンクとは何かウィキってコピってみると、

「ジャンク品(ジャンクひん、英語:Junk、故障品と同義)とは、そのまま使える見込みがないほど故障・損耗して、製品としての利用価値を失っている故障品。ゴミ。」

だそうです。ゴミとまで言われれば、こちらも本望です。お陰で数百円くらいから落っこちてます。ゆえに買い漁れるわけです。中古カメラショップ、リサイクルショップが漁場です。一年間続いたこの趣味も、最近は停滞気味です。

何でもいいから拾ってくる→吟味して拾ってくる→欲しいものが落ちてないので収穫も無い→若干高めに手を出す(今ここ)→上がりという流れをたどって、きっとこの報告の最後には、この趣味終了とお伝えできると思います。飽きてきたっていうのが、本音です。。

昨今の高級志向の流れのなか、安くて魅力的なガジェットは現れず、それだけ市場が成熟しつつある中で、いかに物欲を消化するかの答えが、この集古デジカメなのかなと言い訳を考えております。そして、つくづくカメラが好きなんだなぁと実感しております。写真よりもw。。そんな私の釣果に少しの間、お付き合い下さい。

つづく

01趣味

ビーチコーミングってご存じですか。

ググると~、浜辺で貝殻などさまざまな漂着物を拾い集めて観察しながら散策すること。浪漫あふるる趣味ですね。私も一度くらいは砂浜を散策してステキな何かを見つけてみたいw。

多分、私には夢中になる素養があるような気がします。ジャンクを買い漁るという行為はビーチコーミングに似ています。たった1年続けただけの、このジャンルの新参者ですが、そう結論づけましたw。まさに漂流物収集です。

買いに行くというより拾いに行く感じが漂流的。

何が落ちているのかわからないところが漂流的。

使えるかどうか分からないところが漂流的。

その商品の出荷当時の様子を知らない故にその機種について語れないところが漂流的。

カメラ自身も物流という本流からリサイクルの流れを辿って中古もしくはジャンクという波打ち際に辿り着いた感じが漂流的。

そして、ここに留まるのか、流れていくのかわからないところが漂流的。

つまり、ある種の人間にとってカメラは漂流的・・・な、感じがします。

 

webには、この趣味の先達の主催するHPが実にたくさんあります。実際、中古デジカメ収集は今が旬なのかもしれません。小さなブームなのではないでしょうか。所有台数が三桁という方も居られますし、拾ってきてはある程度使って、オクに流すという漂流加速型の方もいらっしゃいます。強烈なウィルス(Leicaとかね)を発していないあたりは罪がないです。そんな先輩方のほとんどは実にカメラにお詳しい。読んでいて学べます。一方、私は薄っぺらい知識で進むしか無いと今から言い訳しておきます。

詳しいスペック等はweb上にごろごろしておりますので、今さら私が語ることはありません。この報告もただひと言、カメラが好きでありますと言うだけで、実は事足りるものなのですが、最近多くは語らずで通してきたこのブログで、珍しく気が向いたので、何かつぶやいてみようと思った次第です。

つづく

ジャンク=漂流物の宿命として、そのほとんどは昔のデジカメです。新同品などとは程遠い世界です。

昔のデジカメというと、思い出すのが、唐突なんですが、近所のお惣菜屋さんです。近所のお惣菜屋さんに売っているコロッケのポップが「昔のコロッケ 一個150円」となっているんですな。・・・昔のコロッケを売るなよ!と、ツッコミを入れたくなります。行くたびに写真を撮りたくなりますが、ショッピングストア内撮影禁止なので我慢しております。昔ながらの~とか、昔風味の~とか、昔懐かしい~とか、昔のレシピの~とか、なら分かりますがね。ま、web上でも結構、昔のコロッケを売っていますね。間違った表現ではないです。ただ、ホントに古いコロッケだったら困るので、買ったことはありません。

閑話休題。。

で、昔のデジカメですが、こちらはホントにただ古いんですが、

最近クラシックデジカメという恰好いい言葉をwebで見つけたんです。ロマンを感じる、そそる響きです。でも、古典という意味ではアリかもしれませんが、格式という点ではなにか威厳のようなものがデジカメには欠けているように感じます。フィルムカメラとは違うものに思えます。古くなって味が出てくるという意味では共通しているけれど、価値が出てくるのかといわれると世間的には価値がないと言わざるをえない。もっともフィルムカメラもフィルムの衰退とともに中古価格が下落しているのですから、ただ単に古い=クラシックでも良いのかも知れません。なにかいい言葉がないものかしら。アンティーク、骨董、レトロ、ちゅうぶる、化石、オールド・・・。

デジカメの起源をウェキってコピってみると、

*1975年(昭和50年)12月、イーストマン・コダックの開発担当者Steve Sassonが世界初のデジタルカメラを発明する。

*画像をデジタル方式で記録する初めての一般向けカメラは1988年(昭和63年)に富士写真フイルムから発表された「FUJIX DS-1P」であり、当時のノートパソコンでも使われたSRAM-ICカードに画像を記録した(未発売)。

*実際に店頭に現れた世界初のデジタルカメラはDycam社が1990年(平成2年)に発売した「Dycam Model 1」である。

*1994年(平成6年)発表・1995年(平成7年)3月発売のカシオ計算機のデジタルカメラ「QV-10」は、デジタルカメラの存在と利便性を広く一般に認知させた製品である。

としています。つまり、一般に認知されてから20年程度です。

成る程。。クラシックデジカメとは、毎年発表される新作機種に一喜一憂し、その進化を追いかけ続けるようなカメラ好きにとっては存在するが、一般の消費者にとっては単に古いデジカメでしかない。壊れない限りは普通に使い続ける存在ですし、壊れれば治せない消耗品です。私がクラシックだよと言っても、モノを大事にする方からすれば、普通に今使ってるし、となります。20年とはそんな時間のような気もします。ただ、デジタル機器のなかでも、その進化のスピードが早いデジタルカメラですから、その時間もフィルムに匹敵する長さを経てきたような気もしているんですがどうでしょう。その時々のトレンドという点ではフィルムカメラをはるかに超える数のセールスポイントが存在したと思うのですが。(譬えば、コンパクトカメラの場合、フラッシュやデート機能の有無でランク分けされていた時代がありましたが、コンデジの場合はもっと多彩なトレンドを短期間で生み出したと思うんです)

 

ひとつ言えるのは、今は”古いから”という理由だけでジャンク品になる存在だということです。そこが、この趣味のポイントのひとつで、ジャンクだから使えないというわけでは無いということです。だから、拾ってこれるのです。”古いから”価値がない存在と思われている以上は、一定の人に価値のあるモノもジャンクになるんです。だから、楽しめるのです。。

つづく

デジカメジャンク遊びをしている諸先輩方のHPにたいてい書いてあることを私も書きます。なんか書いとかないとすっきりしないんですよ。それはジャンク遊びの注意点。貴方がまさかこの趣味をかじってみようなどと思わないことは重々承知しております。ただ、こういうサイトをやる上での通過儀礼?かも知れません。

クラシックカメラ、古いカメラは、フィルムさえあれば(電池も必要かな)、結果として手に入れられる画は現代のそれと変わらないと謂えますし、素直にレンズの描写やカメラの操作感を味わう事ができます。ちゅうぶるデジカメ。コイツはそうはいかない。フィルムの代わりの撮像素子は、作られた時代においては量産の限界に臨んだ、ある意味、最高画質だったかも知れませんが、現代のそれとは、比べるまでもなく劣ることをお忘れなく。それを理解し、それを愛でる心が必要でございます。。

取扱い上厄介なのが、専用バッテリーの存在と、記録メディアの規格です。ほとんどのジャンク品は、その両方がない状態で転がされています。バッテリーは有ったところで寿命を迎えているケースが多いです。その一方で、乾電池が使える機種というもがも意外と多く、集古の入り口としてはその辺りの漂流物が扱いやすかったです。また、専用バッテリーにはパッケージだけ変えて中身は同じと言うものも散見され、そんな知識の増えるのも楽しみです。意外と高いのが充電器なのですが、こちらはマルチ充電器的なものがあるので、たいていは問題なく充電できます。なかにはガム型電池など対応できないものもありますが、カメラ自体が充電器になっているものも多く、今のところやりくりが出来ています。

記録メディアは現代の主流のSDカードが使われているものは問題無いのですが、XD、スマートメディアというものも結構多いのです。内蔵メモリの無いカメラは、メディアがないとホントにただのゴミです。なので、必要なモノを1枚は手に入れなくてはなりません。古い規格のものは割高感が否めませんが、今でも新品を売っています。安いものを物色したいものです。

画質に関しては、劣ると書きましたが、感じ方は人それぞれ、捨てたもんじゃありません。劣っているのは画素数と画像エンジンであって、劣っているなりに、それが長所になるような描写をしてくれるものもあります。私のように写真のフィニッシュがネットという者にとって、300万画素もあれば、多すぎるくらいです。古いデジカメをいじっていると本当にメーカーの画素数競争に付き合う必要はないなぁと感じることができます。それにレンズやボディの質感など現代よりもクオリティが高いんじゃないかと思われるものもあります。特に黎明期を経て発展期に入ったあたりの商品はメーカーの力の見せ所といった時代があったのではないでしょうか。(もっとも、近年の高級志向、ハイエンド傾向はスマホなどと競合しない分野の開拓として、各社が力を入れている部分ではあり、そういったデジカメの質は文字通り高品質であり、このカテゴリの商品群がジャンクになる頃、中古デジカメ趣味は再び盛況になるような気がします)

操作性については、創世記のまったりした動きのものを除けば、2000年代のものは起動も早いし、書き込み速度も我慢できる程度です。意外と普通のものが多く、特に時代を感じさせるものは少ないと思います。ま、コレは私の感想で、私のメイン機材が最新のものではないということも手伝っているかもしれません。

最後にデジカメは家電ですので、電気を使ってます。私はその辺の知識が殆ど無いのですが、古い家電が怖いものであるように、同じく古いデジカメも怖いものだと考えたほうが良いです。何事もそうですが、デジカメ拾いもまた自己責任の世界でもあるのです。くれぐれもご注意を。デジカメ集古は、それらを踏まえた上で、拾ってきた漂流物が、使えれば成功であり、使えなければ使うのは諦める。そんな趣味です。

つづく。

 

まずは新品で買ったカメラの話から始めることにしましょう。

私のデジカメ初体験は1998年3月に発売された「OLYMPUS CAMEDIA C-840L」です。
OLYMPUSのHPには「CAMEDIAシリーズ待望のコンパクトタイプ初のメガピクセル機」と謳われております。総画素131万画素1/2.7インチCCDの撮像素子に惹かれて購入したと思います。
この頃のメインカメラは、「KYOCERA SAMURAI x3.0(green)」。まだまだフィルムカメラが偉い時代でしたが、我が家はwin95で空前のPC&ネットブームw。
周辺機器の環境整備に燃えていた時代に入力デバイスのひとつやふたつ、喩えそれが理想とかけ離れたスペックであっても買ってやるという新しもの好きの血のさだめに従い、デジカメ導入となった次第と記憶しております。。。
いいじゃないですか、新しもの好きの血は文化を促進いたします。

で、C-840Lですが、物自体は意外としっかり作りこまれ、故障知らずな優等生でした。
オプションのコンヴァージョンレンズも、マクロ、テレ、ワイドと揃え(こいつらは後年色んな場面で役にたちました。レンズベイビー2.0にもつけられましたし)、結構な投資になりました。写した写真でオリジナルのカレンダーを作ったりもしたもんです(あるあるね)。
ただ、どうしてもずっと使い続けようとは思えませんでした。
なにしろ電池の消耗が早すぎる。当時はエネループもないし(2005年発売)、ワンサカ用意した電池は瞬く間に減る。スペック表を見ると、撮影可能枚数100枚となっていますが、今思い返すと、あくまでイメージですが、20枚がいいところだったような、そのくらいすぐ燃料切れしたイメージです。
もっとも、100枚記録できるほど、大きなスマートメディアも持っていなかったので(このスマートメディアがこの趣味で役に立っています)、20枚でもまぁいいかと、そんな感じでした。スマメも高級品でしたからねぇ。。
実際、このカメラだけの問題ではなく、当時のデジカメはどこのものも似たようなものだったと思います。このカメラは初めてオグリキャップに会った時に使ったカメラとして記念に昨年2013年まで保存してましたが、断捨離の結果、漂流してしまいました。先日、ジャンクの波打ち際で同じ機種と再会しましたが、挨拶だけして、そのまま放置いたしました。。今思うとエネループで使ってみればよかったかも。。( ´゚д゚`)エー。。写り自体は良かったですからねぇ。。

この後、メインカメラとしてPENTAX  MZ-10(1996年6月発売)を購入。
数世代型落ちだったので、こんな値段でレンズが2本もついて夢みたいと思ったほど安かった。私自身初のレンズ交換式一眼レフカメラ(←言い方変?)でした。軽くてファインダーも見やすく重宝しましたが、なにしろ競馬が撮影の主題なので、力不足は否めませんでした。
コンティニュアスAFなしに動きモノを撮る実力は私にはありませんでしたし、なにより、コンティニュアスAFの存在を知らずに数年間ピンボケと格闘し続けたカメラ音痴なのでした。
「競馬>カメラ」の構図が物語る悲しくもアホらしい時代は結構長く続くことになります。それでも、スペシャルウィークやエルコンなど歴史に名を残す名馬をフィルムに収めてくれたのもこのカメラでした。
コイツも昨年漂流し、今我が家にある唯一のフィルムカメラは「大人の科学マガジン」Vol.25のふろく、35mm二眼レフカメラのみになりました。使ったこと無いけどね。

つづく。

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