2014

2014

ジャンクデジカメ蒐集の醍醐味は様々あるが、機能を満喫するとともに外観を愛でると言う事も重要な要素だ。私の場合、テクノロジーを味わう結果として写真が出来上がるのだが、どちらかと言うとそれは2の次。写真よりもカメラが好きな蒐集家なのである。なので、まずは拾ってきたCAMERAをのんびり眺めて、コンディションを確かめたり、どうやって遊ぼうかと考えたりする。シャーロック・ホームズは時計の傷から持ち主の人生までも推測したが、そこまで明晰な頭脳を持ち合わせていないので、残念ながら平凡な空想に終始する。
今回紹介するFinecam M400Rは中古カメラショップのジャンク棚に置かれていた。その姿を見た時にこのCAMERAは展示品下がりではないだろうかと想像した。それは写真の通りに、宣伝のようなステッカーが貼ってあったからだ。

2014

2014

 

2014

2014

特に2枚目の「お試し下さい」はどう考えても宣伝用だ。ところが購入後調べてみると想像は外れていた。どうやらこれがデフォルトらしい。どう見ても買う前の人が読むべきステッカーだと思う。本機は2004年に発売されている。これはKYOCERAがCAMERA事業から撤退した年である。つまり、京セラのデジカメ最晩年に発売された最後のネオ一眼なのだ。最後には違いないが、同じ日にもう1台 M410Rという兄弟機も発売されてる。違いとしては、400はボディがシルバーでレンズ沈胴、410はブラック、胴鏡固定で起動が速いのとフィルターネジが切ってあるというくらいで後はほぼ一緒だ。410の方は胴鏡にラバーが巻いてあるのも異なる所だ。値段は410が5Kほど高い。これはレンズを沈胴にするのか固定にするのかも決められないほど、最晩年は混迷していたのではないかと想像してしまう。沈胴したと言っても別に携帯性が上がるようなCAMERAでは無い。私なら迷わずM410Rを買うだろう。値段以外に迷う要素が無い。混迷云々は冗談としても、何とも不思議なリリースの仕方である。
このステッカーを剥がさずに使い続けた前オーナーはどんな人だったのだろうか。ホームズではないので分からないのは残念である。私はとにかく剥がす派だ。剥がすどころか剥がせないロゴも気になれば分解してでも取り払うし、塗りつぶしてしまう派なのだ。それでも、このブログに載せるまでは剥がさないでおいたが、これでやっと剥がせる。とは言うものの、特にポリシーがあるわけではなく、許せるか気になるかで決めている。
「240枚一気」に偽りなくシャッターを押している限り連写を続ける。しかもブラックアウトなしで、すぐにプレビュー出来て、後処理で待たされることもない。しかも、コンティニュアスAFだ。これは競馬場に連れて行かなくてはならない。そして、「お試し下さい」の方だが、、これがまた、意味のないステッカーを貼るだけの事はあると思う。勿論、時代なりではあるが、非常に明るくドット感が少なく追随性は惜しいと言える程度で、見やすい。度々比較に出すが、Pro90ISとはステージが違う。暗闇ではノイジーだが、積極的に使えるファインダーだと思う。手ぶれ補正がないので、ブレ防止にもファインダーは有効な筈だ。もっともそれでも限界があるだろう。ネオ一眼10倍ズーム全盛の頃にその末尾を飾るようにこのカテゴリに参戦した機種と言えるので、LENSは頑張っていて換算37~370mm搭載となり、さすがにテレ端は手振れを防ぐのはキツイ。F2.8~F3.1と開放値は明るい。これを実現するための撮像素子は1/2.7インチ原色フィルタ付きCCDで、有効400万画素。

2014

2014

モードはご覧のとおり。

2014

2014

背面も使いやすいインターフェースにまとまっている。まずは基本を知りたくてAUTOモードで撮影していたが、露出補正が使えなかった。わざわざ独立したボタンが付いているが、AUTOでは機能しない仕様らしい。最初はその事を知らず、こういうジャンクなのかと思っていた。。それが、SCENEモードにしたら使えたので、その後しばらくスポーツモードなどで撮っていたが、ふと、EXT.モードにしてみた。プリントの何かかなと思って使っていなかったのだが、これがマニュアルモードだった。完全マニュアルは出来ないが、プログラム、絞り優先、シャッタースピード優先から選べるメニューが現れる。取説を見ない私が悪いのだが、これで普通に撮影できるようになった。。外装に傷は目立つが、これといった瑕疵のない個体だった。CCD不良でリコールの対象になっているが、最晩年の機種に不具合とはついていないCAMERAだ。ジャンク遊びはこういったリコール一覧表なども参考にすることで、リスクを回避する方法もある。私はあまり気にせず拾ってきては、使えない機種だったということも多い。今回は今のところ問題なく使える。。燃料は安定の単三4本、メディアはSD。

2014

2014

瑕疵はないといったがシャッターボタンが非常に軽いのは気に掛かるところだ。半押しの感覚が無い。使い込んでいく内に慣れてくるが、最初は知らないうちにシャッターが切れていたと言う事があった。また、モードダイヤルも軽い。すぐに回る。どちらも元来の仕様なのか、個性なのか、私には分からないが、仕様だとすると、当時実売50Kとしては残念だったろう。フラッシュが物理的に制御されているのはありがたい。

2014

2014

子供の頃は推理小説が好きだった。小学館百科入門シリーズや学研ジュニアチャンピオンコースくらいから始めた記憶がある(あとはワニの豆本とか)。どういう原文なのかは知らないけれど、ポアロの灰色の脳細胞などという言い回しは印象に残っている。

2014

2014

「~は知っている」というタイトルも子供心には琴線に触れるものがあった。今から思うと、子供向けの推理短篇集は有名小説のネタばらし集だったのかもしれない。後年スタンダートなミステリーを読むようになって、何故かトリックが分かるという残念な経験もした。

2014

2014

最近は進んで読むことは無くなった。それでも、譬えば「ビブリア古書堂の事件手帖」などは謎解きのような要素もあり、全く読んでいないわけでもない。ジャンルがフラット化しているのかもしれない。

2014

2014

クーンツやカッツのようなモダンホラーが流行した時代もあったが、それはそれで推理小説のようなどんでん返しを味わえるので読むものには事欠かなかった。カッツの「恐怖の誕生パーティー」は傑作だと思う。不思議とキングはほとんど読まなかった。

2014

2014

日本の作家でも好きな人はたくさんいるが、一番好きな推理小説家は栗本薫さんだ。推理小説そのものをパロディの様にとらえた楽しさは独特の味がある。美文という点でも一つ抜けた作家さんだったと思う。

2014

2014

ついでに私のオールタイム・ベストは誰かと言えば、クレイグ・ライスになる。「時計は三時に止まる」を翻訳して出版してくれた東京創元社に感謝である。栗本さんとクレイグ・ライスは、どちらも女性と言うのも面白い。

2014

2014

DIGITAL CAMERAのデザインだったり、コンセプトなどはひとりで決めるものではないと思うが、女性の作ったDIGITAL CAMERAもきっと存在していると思う。開発者インタビューは男性のイメージが有るがどうだろうか。

2014

2014

きめ細やかな発想に男女の差はないとは思うが、女性の発想によるどんでん返しで生まれましたと堂々と宣言するアイテムがあって欲しい(既にあるのかもしれないが)。

2014

2014

京セラのネオ一眼ということで何か特別な描写に期待しないわけでもなかったが、撮像素子なりの結果だったと思う。今後、連写を活かした撮影でどう評価が変化するのか楽しみである。とにかく小さいので(Pocketには入らないが)持ち出す機会も多い。一応両吊り出来る仕様だが、首から下げるにしろ、斜めがけにするにしろ、そんな気分になるようなデザインではないので、ストラップは付けずに持ち歩くのがこのカメラと付き合うスタイルかなと感じている。今のところ落下事故は起こっていないが、その内、私が使ったという痕跡が残るのかもしれない。

つづく。

 

今回は富士フィルムのヒット商品だった縦型FinePix 1700Z。

2014

2014

縦型FinePixを紹介するのは2台目となる。その発売は1999年9月まで遡る。1999年と言えば、私の世代にとっては特別な年号であった。1999年7の月、恐怖の大王が・・・と、ノストラダムスが予言したと書かれた「ノストラダムスの大予言」という著書が大ヒットし、一大ブームを巻き起こしたのが1973年の事らしい。当時私は子供だったので、どういう経緯でこの騒ぎが起こったのかという原因にまで頭が回らず、ただ、地球が滅亡するというイメージだけを植え付けられた記憶がある。結構信じていたし、周りの友人達も同様だったと思う。不思議と1999年に自分がどう感じていたのかは全く覚えていない。大人だったしね。2000年にノストラバブルがはじけて、そんな噂もすっかりなくなったが、今となっては逆に、読んだことのない「ノストラダムスの大予言」を読んでみたいような気もする。ベストセラーだから今でも中古ショップにありそうなものなのだが、近所の古本屋では全く見つからなかった。しばらく探すことになりそうだ。ヒットした商品ほど中古が出まわるのは当然のことで、私もLUMIX F1などで、その威力を実感している。同じようにヒットしデジカメ史に名を残している本機なのだが、私が本機と出会ったのは後にも先にもこの確保した1台のみで、その後、徘徊エリアに現れることはなかった。web上では最近の記事に至るまで本機の情報が溢れている。今まで紹介した機種の中でも多い方じゃないかと感じる。多くの情報を得られるのはありがたい事で、やはりヒットの恩恵だと思う。
富士フイルムの当時のニュースリリースには「驚異的」の文句が踊っている。『高品位なアルミニウム/マグネシウム新合金製ボディに総画素数150万画素の高画質CCD、そして高精度光学3倍ズームを搭載しながら、世界最小、最軽量の驚異的なポケットサイズ』だと謳っている。確かに今見ても小さい。ただその分、分厚い。コートのポケットには入るかもしれないが、シャツのポケットは無理だ。それでもF610より持ちやすい。ラバーグリップが絶妙な位置に配置されているのだ。

2014

2014

後側にもラバー。ストラップ無しでも行ける。今でも高品位なものづくりを続けている富士フイルムのDIGITAL CAMERAだが、この縦型FinePixシリーズにも実に丁寧な作りのものが多いように思う。これは今のハイエンドデジカメにも通じるのではないだろうか。外観も良いが細部も凝っている。2つある液晶の小窓の方には撮影枚数が大きく表示される他にバッテリ残量や画質設定が確認出来、その視認性は良好だ。大きい液晶にはビューワーの役割の他にメニュー表示が確認出来る。光学ファインダーを利用する時には大きな液晶がブラック画面になり、メニュー表示のみが残るのも面白い。起動時間は4秒前後でミレニアム以前の機種としては速いのではないかと思う。

2014

2014

起動時には十字キーの三角矢印が赤く点灯しピコピコ音と共にレンズがせり出す演出となっている。この十字キーの三角ランプはそれ以外ではモード切り替え時に光るだけなので(たぶん)、本当に演出のためのスペックではないかと思う。無駄なところに趣がある。

2014

2014

さらに細部に目を向けると、

2014

2014

電源レバーや、

2014

2014

メディア取り出しレバーもアルミで謳い文句通りの品位を保っている。たまにしか使わないからと手を抜くのか、使う度に何かしらの満足を得られるのかは実は大きな違いとなって所有欲すら左右する。そういった意味では隙のない仕上がりだ。燃料は かまぼこ型リチウム電池でメディアはスマメ。どちらもこの趣味には必需品だ。底面にあるバッテリー室のスライド式カバーにもラバーのドットが打ってあり、ちょっとした気配りだが偉いと思う(2枚目の写真で少し確認できる)。

2014

2014

今、執筆中にどこまでLENSが伸びるのか試してみたが、そこで気づいたのだが、起動時はワイド端ではない。どうりでスナップ時に画角が狭いなとは思っていたのだ。私はズームを殆ど使わないとは以前も書かせてもらったが、基本的に起動した状態で使うので、全く気づかなかった。ワイド端にすると更にレンズが伸びた。おそらくこれは3倍ズームという最新鋭のギミックに対して、(どうアプローチするのかはメーカのサジ加減であって)富士フイルムは標準域で起動すればワイドにもテレにも近いだろうというサービスではないかと思う。撮像素子は1/2.2インチ原色CCD。レンズは既出通り3倍ズーム搭載で換算38mm~114mmのフジノンで絞りはF3.2-5.0と暗め。マニュアルモードはあるが、露出補正ができる程度なので絞りは自動。特に不便はない。

さて、本機は中古カメラ店のジャンク棚で出会った。集古デジカメの初期だった。1.5MEGAでハニカムでもないということでスルーしたが、その後1箇月誰にも拾われずにいた。その間にF610確保という我が趣味の歴史的事件があり、FinePixの魅力を知るに至り、こいつも拾っていこうと宗旨替え。。0.5Kでバッテリー付きだった。なので、動作確認出来たと言うのもピックアップを後押しした。完動品だったが、若干の瑕疵があった。

2014

2014

いつものペンギンが見ている視線の先に撮像素子のゴミ。これは液晶では確認出来ず、PCで初めて気がついたのだ。縦型FinePixは分解が容易なイメージがあるので、その内ばらして掃除しようと思っている。

2014

2014

太陽を写したら、光芒が曲がっていた。太陽を構図に入れるのは撮像素子にとって良くないらしいが、いつもやってしまう。

2014

2014

2つの太陽。。空以外ならゴミも目立たない。光で作られる写真にシミを作る撮像素子のゴミは光を奪う病気のようだ。

2014

2014

撮像素子のゴミ問題はデジカメの宿命だろう。真の解決はまだないと思う。掃除しなくても良い時代は来るだろうか。どことなく現状で満足しているというか、この事に真摯に向き合う資源がないというか、新機種開発にかまけている感じはある。もっとも、世の中完璧な商品は少ないだろうから、吉報を待ちたいと思う。

2014

2014

この瑕疵を除けば、15年前のCAMERAとも思えない綺麗な個体なのだ。大切に扱われてきたのか、使われなかったのか、本当に不思議だ。本機以外の縦型FinePixをいくつも見てきたが、そのほとんどは傷だらけだった。

2014

2014

大切に使ってきたものには、新品にはない貫禄が出るものが多いように思う。機械式CAMERAなどは好例ではないだろうか。ところが、DIGITAL CAMERAはただ古くなる。使い込んで恰好いいと言う事は殆ど無い。キレイであればあるほど価値がある。この辺が家電と呼ばれる理由のひとつなのだろう。

2014

2014

私は、本機のような瑕疵も、その他の不具合も、個性として心の中で処理している。癖さえ分かってしまえば、それと向き合っていけば良い。ただの家電に愛着がわくのは、相手に合わせようとする自分の気持ちから起こるのかも知れない。

2014

2014

また、これも何度か書いているのだが、古い機種が年月を経て私に拾われて、現在動いているという健気さに愛着がわく。古いがゆえに生まれるものもある。

2014

2014

惑星探査機ハヤブサはその健気さから映画にまでなったが、感情的には近いものがある。ディズニーのWALL・Eやあるいはサイレント・ランニング、または天空の城ラピュタのロボットたちもそんな感情を呼び起こすのではないだろうか。

2014

2014

そんな映画とは比ぶべくもないが、古デジカメたちはお手軽に似たような感覚を味わわせてくれるのだ。これも私がお手軽な証拠かも知れないけれど・・・。

2014

2014

古デジカメ蒐集で集めたCameraたちは、おそらく私が最後のオーナーだろう。幸せな最後は望めないなと思う。売れそうなものも無いから、貰い手もないかもしれない。せめて使い続けてあげるのが、私の出来る事だ。

2014

2014

本機は持ち易いし、燃費も良いように感じる。さしたる不満もない。

2014

2014

使っているととても壊れそうにない。もっとも私のようなゆるい使い方なら、そこそこ長持ちするのではないかと思う。DIGITAL CAMERAの耐久性って本来どのくらいの期間あるのだろうか。LENSの沈胴が出来なくなったり、バッテリーのフタが外れたりすることも、CAMERAの寿命に無関係ではないと思うが、DIGITALの本質の部分で、これ以上は使えないという事態とはどういう状態をさすのだろう?交換部品がメーカーから永遠に供給され続ければ、そのCAMERAは永久に使えると思うが、それは不可能であって、いつか必ず壊れるはず。

2014

2014

スペックジャンク、陳腐化が寿命だとする人も多いだろう。そうかもしれない。だから、見放されたCameraたちを使っているという状況に自分を置く事が出来ているのだと思う。そして、そのCameraたちは普通に使えるし、壊れそうにないのだ。

2014

2014

もし、恐怖の大王が人類を滅亡させたとしても、その後の世界には普通に使えるものがたくさん残るだろう。

2014

2014

私がいなくなった後でも、私のDIGITAL CAMERAたちは次の撮影を待ち続けているかもしれない。

2014

2014

こんなことを考えるのも、このCAMERAが1999年生まれだからだろうな。

2014

2014

壊れるまで使うという事がどういうことなのか、はっきりとは言えないけれど、使えなくなるまで面倒をみよう。

2014

2014

家電コレクターと言われる方の中には予備機を沢山在庫している強者も居られる。

2014

2014

私もその気持がわかる。気に入った機種を見つけることが出来たなら、拾い上げてしまうかもしれない(今のところダブって所有している機種は3機種)。

2014

2014

たくさん売れたこのCAMERAも、発売から15年以上経った。完動品はどのくらい残っているだろうかと思う。きっと最後の1台になっても価値が出ることはないと思うが、それはまだまだずっと先の事だろうと思う。

つづく。。

 

 

 

CASIOと言うと私の世代では「答え一発カシオミニ」って感じで、まずは電卓だ。続いてG-SHOCKかな。デジカメはすぐには思い浮かばない。それでもコアなファンが根強い支持を続けており、今でもデジカメ最前線に機種を送り続けている。デジカメ史で一番最初にヒットしたデジカメQV-10はCASIO製だった。発売は1995年。最初に背面液晶をつけたのも同機だ。そのメーカーが今でも最前線で活躍しているというのは頼もしい。今回の古デジカメ蒐集においてたくさん買ったメーカを上げろと言われれば、まずはCASIOと言わざるを得ない。とにかく出物が多いわりに安い価格設定で売られているので、本当に拾ってくる感覚だった。特に赤外線カメラへの改造では大いにお世話になった。カシオのEXILIMやQVシリーズの改造適正はかなり高いものがある。ゆえに殆どは動作確認後速やかに改造へという流れが出来て、無改造の生き残りはわずかに2台となった。その内の1台はEXILIM EX-ZS150という2012年3月発売の超最新機なのだが、これが非常に残念なDIGITAL CAMERAと言える。出会ったのは中古カメラ店のジャンクコーナー棚。0.9Kの値札シールが貼られておりジャンクの理由はバッテリー無しというものだった。ゴールドのボディには堂々と16.1MEGAPIXELの文字がプリントしてあった。これは小さい撮像素子に受けのいい画素数を詰め込んだローエンドモデルだなと想像はついたが、値段の安さと無傷の真新しい外観に負けて確保してしまった。電池室の端子を確認して手持ちのバッテリで対応できると踏んだのも確保の理由だった。ズームは換算で300mmまであるので、早速競馬場へ連れて行くという破格の待遇。。ところが撮影結果が背面の液晶でさえ、ぼんやりとした締りのないそれでいて発色も薄い画像のオンパレード。。途中で嫌になり使わなくなった。実際帰宅後PCで確認したが、もう二度と使うことは無いだろうという感じだった。これがジャンクとしての個性なのか元々こういう素性のカメラなのか分からないが、ジャンクの波打ち際で転がっていてもお薦めは出来ない。その後、とある改造に失敗し廃棄となってしまった。これで生き残りは1台。

EXILIM にPROの冠名が付く機種はどれだけあるのか気になって調べたのが2014年11月時点で、都合4台確認出来た。一番古い機種は2004年2月発売のEX-P600。そこからのブラッシュアップ機というよりはマイナーチェンジを施したのが今回紹介するEX-P700だ。カタログ的には1/1.8型有効600万画素を1/1.8型有効720万画素に、カシオのお家芸BS(ベストショット機能)にビジネスを追加し、オートマクロ、フラッシュアシストを搭載させてボディーカラーをシルバーからブラック(ダークグレーっぽい)に変更している。ちなみにPROシリーズ残りの2台はEX-P505とPRO EX-F1で共にネオ一眼だ。その中でもP505は探した機種だ。とにかく可愛いCAMERAで、小さいけれどネオ一眼。。これはものすごく欲しかったが縁がなかった。現在(2015年5月)はEX-100PROという機種があるので、この系譜も続いていることになる。

2014

2014

さて、P700だが、これを不格好と感じるか無骨だが恰好いいと思われるかは、かなり評価の別れるところだと思う。私は後者になる。愛嬌があると思う。注目はレンズまわりの銘板。ズバリ「Canon」の文字。DIGITAL CAMERAを一から十まで作れるメーカは多くないので、様々なブランドの複合体となって世にでるケースが大半だと思うが、こうもあっさありダブルネームで攻めてくる機種も今となっては珍しいのではないか。出会いはリサイクルショップのガラスケースで、0.8Kの値札シールを貼られていた。結構スレが目立つ個体で角には地金(多分ステンレス製)が見えている。結構雑に扱われたようだが、エイジング加工の様にも見え、悪くはない。

2014

2014

LENSは35mm換算33~132mmで開放F値はF2.8~4で非球面含み。広角側で10センチくらいまで寄れる。各部の作りにもチープ感は全くない。そして適度な重さで、詰まってる感があって良い(225g)。立派なグリップが付いているがホールド感はあまり良くない。

2014

2014

液晶の左側にボタンが配置されたデザイン。一番下がEXボタンでクイックメニュー的な役割でWBやAFなどの設定が出来る。真ん中がAE-L。両手で構えるのが前提となる。一番上がBKTボタン。こいつが強烈だ。通常3枚連写が多いと思うが、こいつは3枚か5枚の設定が出来る。ただ、連写については現代のBKT撮影をイメージしてしまうと、遅く感じるだろう。さらに撮ってからが長い。「処理中ですしばらくお待ちください」の文字が表示されて数秒お待ちしなくてはならない。これが本機の最大の弱点で、譬えばスナップで一枚写して電源オフとするとやはり「・・・しばらくお待ちください」と出て、レンズの収納も緩慢だ。なかなかポケットに仕舞えない。起動して何もせずに電源OFFだとまだマシ。画像処理に時間がかかっているのは明らかで、前作から画素数upでただでさえISO80始まりな感じがノイズ抑えにやっかみになってる状況を想像させる。これで出てくる画が悪ければ見どころのないやつになるのだが、これがCASIOのイメージを変えるほどの画質なので仕方ないかと納得させられる。つまり、レンズ良し、エンジン良しで動きがイマイチという感想。燃料は専用リチウムで持ちはいい。メディアはSD。本機はソフトの面で楽しめるのも特徴。まず起動画面。オリジナルではSFチックな効果音とともに未来的な演出でEXILMの文字が表示される。勿論オフにも出来るし、好きな画像に変更することも可能となっている。さらに液晶表示が変更できるのは当たり前の機能だが、こいつには『撮影に役立つ情報をクールにスーパーインポーズした』新開発Ex Finderが搭載されているのだ。それがこちら、

2014

2014

もうほとんど被写体を見せる気無いだろってなデザインだ。しかも、色も変更出来る。私はグリーンにして使っている。

2014

2014

もちろん、さっぱりしたフォーマットも用意されている。

2014

2014

また、CASIOお得意ベストショットも充実している。。こんなのが27個もあって、さらには登録もできるので色々使える範囲が広い。ただ、PROっぽさはみじんもない。

2014

2014

その中で注目したのが、このカップリングショット。画面を2等分した合成写真が写せる。これを私とるーさんが使用するわけではなく、立体写真に使えるなと考えた。

2014

2014

完成度は低いが、サクッと写した一枚。交差法で見られる。これの良い所は撮影中に交差法で確認しながら位置決めが出来る点。弱点は「・・・しばらくお待ちください」が長いこと。。また、縦位置で写せば鏡面反射のように仕上げることが出来るかもしれない。そんな事を頭の片隅に入れてスナップしてきた。

2014

2014

EX-ZS150と比べると別次元の画質だ。

2014

2014

デジタルズームで最大倍率520mm相当。さすがに劣化が目立つが緊急用には悪くはない。

2014

2014

1羽が飛び立つ。小さい撮像素子はこういう時には便利だ。ピンはなんとか来てくれる。

2014

2014

こちらは雨中のカワセミ。これもデジタルズーム併用。手ぶれ補正はない。

2014

2014

飛び立ちw。。。

2014

2014

改めて普通の写真。青空チェック。良し。

2014

2014

猫チェック、良し。

2014

2014

自転車チェック、良し。

2014

2014

実に堅実な画質で金属描写も好きなタイプだ。

2014

2014

朝日を受ける冬木立。若干のっぺり感。。

2014

2014

曇りは苦手かもしれない。。のっぺり感が増す感じ。

2014

2014

雨のお祭り。

2014

2014

赤外線改造がしやすかったとは言え、こういう撮影結果を見ると、CASIOのノーマルの状態のものをもう少し残しておいても良かったかなと思う。そう思って気にして探していたが、古デジ蒐集の末期には、ほとんどCASIOを見かけなかった。これが縁だと思う。

2014

2014

それでも、残ったのが本機だと言うのもまた縁。それが楽しい機種で良かった。この機種も本機以外は一度も見かけなかった。こういった事はよくあった。たまたま、持ち合わせが無くて確保できなかった機種もあったし、何も期待しないでふらっと寄った店に長いこと探していた機種があったりするのだ。運命というと大げさだが、私が蒐集出来る数すら決まっていたのかも知れないと思う。

2014

2014

蒐集趣味に繰り返される言葉、一期一会。二度と臨めない茶会。二度と撮れない風景。二度と出会えないCamera。その時のベストを尽くそうと思う言葉だ。そして今、私はベストとは言えないけれども、ある程度の満足を得たと考えている。

2014

2014

だから、今後もCASIOはこの1台で楽しもうと思う。

2014

2014

さて、まずはカップリングショットを楽しもう。

2014

2014

縦位置で鏡面反射風。。点対称写真。。

2014

2014

手持ちなのだが、幹を合わせるのが至難の業で、先に下を写してから上を撮影した方が安定できると思うが、それが出来ないシステムなので意外と大変。

2014

2014

青空が入るといい感じになる。

2014

2014

これなどは手前におじさんたちが飛行機遊びをしていたが、全く消えた。都会でもやってみようと思う。。

2014

2014

2つのブランコを合わせてみた。

2014

2014

怖い階段。。手で隠すなどして上半分だけ見ると普通の階段に見える。

2014

2014

ソフトフォーカスも試した。強烈。

2014

2014

プラス補正されている。

2014

2014

さて最後はカップリングショットに戻って裸眼立体視用写真。。撮って出しなので左右がズレているのはご愛嬌。首を傾けて交差法で・・・。

2014

2014

何気ない写真の方が面白い。

2014

2014

これは見づらいが、はまれば飛び出す。。それにしても交差法でしか見られないというのは、撮影方法に問題があるようだ。平行法で見るにはカメラも平行に動かさないと行けないのかも知れない。この後、色々と研究もしてみた。このDIGITAL機能のおかげで、久しぶりに裸眼立体視熱が再燃した。古デジカメから新たな楽しみが生まれた瞬間だ。こいつこそ競馬場に連れて行くべきCASIOだった。

つづく。。。

 

 

リサイクルショップのジャンク青箱に転がっていたのだ。それも、いつ行っても売れずに残っていた。毎回見る度に段々劣化していくのが分かる。ジャンクカゴの中身をかき混ぜる輩は多い。たとえゴミでも売り物だということを理解出来ていないのだ。もっとも売り方にも問題はあるのだが・・・。最初に見た時にはすごく綺麗だった個体が段々傷んでいく。あぁ、前回拾っておけば良かったなぁと感じる。値札はたまにしか変わらないから、価値だけが下がっていくのだ。そして、とうとう拾い上げる決意をする。これ以上は見ていられないって感じかもしれない。そんな1台が今回のCAMERA、Optio S40。よく見るとヘアライン加工が美しいボディだ。メーカ銘もシリーズ名もエンボスされて好印象。

2014

2014

軍艦部のロゴプリントがかすれている。最初に見た時は、もう少しキチンと読めた。その頃に拾っていたらなぁと少し後悔。さて、本機の発売は2004年3月で同時に3機種発表になっている。上位機種のS4i、エントリー機の30、その中間でファミリーユースの本機というラインナップだった。1/2.5型CCDに有効画素400万画素とバランスは良さそうだ。レンズは換算35mm~105mmでF2.6~4.8と若干テレ側は暗い。。ISO50始まり。燃料は単三2本でメディアはSD。ボディはアルミで嬉しい。小さく軽い(125g)。基本的にはAUTOで写すカメラだが、Pモードはある。よく使うシーンモードはダイヤルで直接選択出来、その他はダイヤル項目のPICTモードから選択できる。また、カメラまかせのイージーモードもありファミリーユースな仕様も用意されている。そして、デジタルフィルターモードは、カラーフィルター、パノラマ(付属ソフトで合成)、そして前回遊びまくったツーショット合成が用意されている。こいつにもあったのか(買ってから知った)。。。デジタルオプションはあれば嬉しい。ソフトで加工すれば一緒だろうとは考えない。気分の問題なのだ。

2014

2014

ホールド感はあまり良くない。ボタンはひとつひとつがフラットに設定されていて一見押しづらい様に見えるが、その通り押しづらい。誤作動防止の目的なのだろうか。背面液晶はリフレッシュされるのにタイムラグが大きい。追随性はあまり良くない印象だ。また、晴天下では見えづらいので、構図を確認する程度だと思ったほうが良いだろう。しかもノイジー。先ほどのモードダイヤルは実際使ってみるとよく出来ていて、Pで通常撮影、フィルターモードで2分割合成、PICTモードで花を撮影と階層を辿らずにある程度変化が付けられるので便利だった。描写は想像していたより品質の高い画を出してくれた。0.1Kだったから特に文句はない。発売当初は40K始まりくらいだったらしい。

2014

2014

10年前(2004年発売)の商品だが、問題はない。キレイに写っていると思う。少し前までジャンク箱に転がっていた事を考えると、青空を取り込める今を、少しは喜んでいるかもしれない。

2014

2014

ジャンクの波打ち際に流れてきたCAMERAが何を見てきたのか知るすべは少ない。私の所有しているCAMERAの内で競馬場しか見たことのないCAMERAが存在するように、ジャンクとなったCAMERAたちにも様々な役割が与えられたことだろう。

2014

2014

私はCameraたちにとって良いオーナーではない。1台だけを愛でる趣味が無いからだ。使い込んで意思の疎通が出来るまでには時間が掛かる。永遠に慣れることのない微妙な関係が続くのだ。

2014

2014

なので、ある意味常に新鮮な感覚で撮影できる。本機にはマクロの他、スーパーマクロも搭載されている。しかし、次に使う時には忘れているだろう。

2014

2014

ジャンクとは言え、拾ってきた責任はある。まんべんなく通電させてやらないといけない。平等に新しい風景を見せることも大切だ。初めて風景を写した時にはきっと、10年後もこうやって使ってもらえると思っていたはずだ。

2014

2014

DIGITAL CAMERAの商品サイクルは異常なほど短い。それ自体は悪いことではないと思う。企業は生き残らなければならないし、新しい技術が次々と投入されて未来を感じることが出来るからだ。本機は液晶の追随性が今ひとつと書いたが、とっさのスナップには慣れが必要となる。モニタを見ながらの撮影ではCAMERAを振ると、映像が安定するまでの待ち時間が生じ、テンポを狂わせる。現在ではこういうCAMERAは、ほとんど皆無だろう。そして、この進歩は商品サイクルの短さと無関係ではないだろう。

2014

2014

DIGITAL CAMERAは生まれた時から型落ちなのだ。そういう運命のもとに生を受ける。新しいもの好きは最新機種を手にしても安穏とはしていられない。価値のある内に売りさばいて後継機種を手にしなければならないからだ。そこにはモノと人の親密な関係は無い。DIGITAL CAMERAは使い込む道具では無いのだ。何より大切に使っていれば長持ちするわけでもないという宿命を持っている事が思い入れをはねつける最大の要因かも知れない。だから、古デジカメ蒐集は、そんな短命であるはずのDIGITAL CAMERAが10年の時を経て尚動いていることが嬉しくて、続けていたのかも知れない。

2014

2014

カラーフィルターの色残し。青だけ残して後はモノクロになる。これだけのことがなんだか嬉しい。

2014

2014

例によってカップリング合成で遊ぶ。モニタの見えが悪い上に、モニタにはこのモードの説明文がインポーズされて被写体が見えない!という悪条件でうまく上下を合わせられない。これは直して頂きたいなw。

2014

2014

点対称写真は難しい。

2014

2014

競馬場にも連れて行った。初めての競馬場はどうだったろうか。無論CAMERAは喋らない。るーさんに渡すと、

2014

2014

こんな感じ。さらにるーさん、ステレオ写真の平行法撮影の極意を身につけたと報告してきた。

2014

2014

私は交差法でしか写せなかったステレオ写真で見事平行法撮影に成功。トキノミノル像の筋肉の描写を再現してくれた。もう少し2枚の差を少なくすれば背景も整理できると思う。それにしても、カップリング合成は楽しい。他の撮影方法も考えてみようという気になる。棄てる気にはならない。

つづく。。

CanonのDIGITAL CAMERA史において欠かすことの出来ない機種が2000年に発売になったIXY DIGITALであることは間違いない。1996年に発売され大ヒットしたAPS機IXYをそのままデジタル化した商品で、スタイリッシュで高級感のある銘機だ。FILM CAMERAをDIGITAL化する事でそのステイタスをそのまま受け継ごうという戦略は、RICOHのGRがその先駆けかとも思っていたが、あまりにも自然な形でIXY 「DIGITAL」をリリースし、さらにkiss 「DIGITAL」を世に送り出したCanonがパイオニアだったのだと気づいた。今でこそ、OLYMPUSがPENやOMをDIGITALで使っていたり、PENTAXが645DIGITALを創り出しており定番化した戦略となったが、Canonのそれはさり気なかった。。もっとも、初代IXY DIGITALを発表する際にはPowerShotシリーズに入れるつもりだったのを営業サイドからの要望でIXYブランドにしたという記事を目にした記憶があるから、開発陣営にとっては、IXY=FILMであって、DIGITALは別物という頭だったのだろう。その辺りがDIGITAL黎明期らしく社内においても、また世間的にも、DIGITAL CAMERAとは何なのか、FILMに取って代われるのか見解の別れるところだったと思う。私がDIGITAL CAMERAを使い始める頃にはFilmには出来ない望遠の機能を活かして競馬場撮影をするという腹積もりがあったのでIXYとは全く縁がなく、実は今回紹介する?IXY DIGITAL 200aが私にとって記念すべき初IXYとなったのだった。正確に言うと確保したのは2台目なのだ。この200a、バッテリ室のフタにラバーがセットされているのだが、そのラバー部分が欠落しバッテリ室が丸見えという個体が多い。もちろんこれはジャンクの話である。私も最初に確保した個体はラバー欠落の外装も傷だらけという個性を持っていた。しかもバッテリーが無いので動作確認も出来なかった。ただ、連れ帰って、磨いて、保管した。ジャンク遊びではこういう事はよくある事で、読書で言えば積読と言った感じ。傷だらけでも気にならない機種は結構あるが、このIXYだけはきれいな個体が欲しかった。と言うのも、パッケージが実に美しいデザインで、まさに飾っておける1台といった商品だからだ。傷だらけでも確保したのは意外と出物がなかったので仕方なくというコレクター的理由だった。0.1Kだったから特に文句もない。バッテリーの購入もなんとなく躊躇われて積読状態で数箇月、2台目を発見した。それはリサイクルショップのいつもの青箱だった。今度の個体はビニールに包まれていたが、キチンと底面のラバーが付いているのを確認できた。0.5K。しかも、バッテリが2個ついていた。連れて帰ってから、積読くんの電源を入れてみたが、なんと通電しなかった。0.1Kで部品取りにどうぞと言われただけの事はある。嘘偽りなきジャンクだった。この機種はCCD不良でリコールになっているので、あるいはそれが関係しているのかもしれない。このリコール問題も確認を怠るとショックが大きいので、知識として頭に入れておくか、その場で検索するのが無難だと思う。ただ、リコールがあったからと言って、それだけでピックアップを諦めるというのもつまらない話なので、その辺は値段と状態を見比べて賭けてみるのもこの趣味の楽しみと言える。新たに確保した方は無事に起動してくれた。ようやくIXYの写りを体験できる事になった。。

2015

2015

メーカーロゴの鏡面仕上とボディの梨地、レンズ周りのヘアラインとまるで観賞用として生まれてきたのかと言えば大げさだが、見事な出来栄え。

2015

2015

厚みは時代なり(2002年4月発売)。しかし悪いことではない。シャッターボタンが大きくて押しやすくなる。古デジカメ蒐集で感じた事のひとつだ。

2015

2015

件の底蓋ラバーは接着剤で固定した。それにしてもこの取れやすい仕様は外部電源用なのだろうか?

2015

2015

液晶の大きさとノイズの多さは発売当時では普通だろう。光学ファインダーの見えはまぁまぁ。撮像素子は、1/2.7型CCDの有効200万画素で、レンズは換算35mm~70mmのF2.8~F4。電源は専用電池でメディアはCF。このサイズにCFは見事だと思う。戸惑うのは電源ボタン。長押し仕様になっている。スナップには辛い設定だ。電源OFFは早い。AFもストレスフリーで保存も全く普通。凹凸の少ないbox型だが、不思議とホールド感は良い。ひんやりとした触り心地で重さも180gと丁度良い。早速撮影してみたが、特に気になったのはノイズの多さ。ISO400では結構乗るし、200でも目立つ。AUTO設定で150が上限となるから、そのへんが限界ということだろう。ただ、モノクロには良いノイズだと思う。TCKへ連れて行った。

2014 TCK

2014 TCK

AFのポイントは3点でこれは以前紹介したPowerShot A200などと一緒だ。特にどこに合っているのか気にもしないで撮影したが、パンフォーカス気味なので問題はない。撮影モードはAUTOとマニュアルとステッチアシストが用意されている。今回はAUTOとマニュアルを併用した。マニュアルとは露出補正やWBなどが弄れる程度だが、無いよりはマシだろう。ただ、ラティチュードの問題なのか、補正は軽く振っただけでオーバー、アンダーが極端に出る感じを受けた。CFは1GBが使えるので枚数は気にならない。ただ、バッテリーは付属していたのを使用しているので、ヘタっているのかあまり持ちはよくない。もっとも680mAhなので、それなりなのかも知れない。

2014 TCK

2014 TCK

ISO400。400に設定する被写体ではないのだが、ノイズの乗り方がトイっぽいのでこの設定のままで撮影を続けた。モノクロに変換しても良いかもしれない。

2014 TCK

2014 TCK

断酒したが、ウェルカムドリンクくらいはいいだろう。。イケメンな店員さんが注いでくれた。

2014 TCK

2014 TCK

のんびり食事しながらの競馬。。年に1回の贅沢。カラーノイズが優しい描写にしてくれる。

2014 TCK

2014 TCK

ISO400でシャッターを稼いだら、走るお馬も写せる。

2014 TCK

2014 TCK

シャレオツな店内。。結構暗いのだ。

2014 TCK

2014 TCK

イベントステージ。。競馬観戦に夢中で何が行われているのか知らない。

2014 TCK

2014 TCK

ホールドが良いので、意外と止まる。もちろん手ぶれ補正は未搭載。ここからは、ISO感度を下げてスナップしてみた。

2014

2015

ISO感度を下げると見違えるようにクリアな画となる。

2015

2015

ただ、咄嗟のスナップには向かない。。電源長押がネックとなるのだ。こればかりは慣れるしかない。世の中慣れなければならないことは沢山ある。

2015

2015

最近はそれほどでもないのだが、一頃、私はよく他人から道を尋ねられた。それもかなり頻繁にだ。私のこの特性には、るーさんも慣れるまでは呆れていたほどだ。

2015

2015

どれだけ知らない人と話しただろうかと考えると不思議な気持ちになる。確かに話したはずだが、もう、その人の顔も声も話の内容も覚えていない。子供から熟年の方まで男女問わず、短い会話をした。もう二度と会うことはない一瞬の交わりなのだなと思う。このどことなく寂しさを覚える感覚は未明のスナップでも感じる。

2015

2015

未明のスナップをしていると、地球の上を歩いている気分になる時がある。実際に間違いなく地球の上を歩いているのだが、月が出ていたりすると、宇宙の中の自分を感じるのだ。宇宙の中に生きている自分を感じる時、非常に寂しくなる。ぽっかり浮かんだ小さな星が唯一のヨリドコロなのだと思うと寂しくなるのだ。

2015

2015

これは子供の頃に、よく考えていた事だが、もし、宇宙に人間がいなかったら、宇宙は永遠に存在するだけなのだろうか。何かの小説で有名な話だが、「誰もいない森の中で木が倒れた時、音は存在するのか」という問と全く同じ事だと大人になって気づいた。これは認識するものが居て成り立つものなのかという問題だ。その話の中では、鼓膜が振動されて初めて音が認識されるのではないのかという主張がなされる。

2015

2015

最近は議論するための仮説となってしまうので、考えるだけ無駄だなと思うようになった。宇宙はあるし、それは多くの人の共通認識だ。森の中で人知れず倒木もあるだろう。宇宙が無くなったとしても事実が無くなるわけではない。あったことは事実だし、それを証明出来るかどうかは別問題だ。

2015

2015

未明の散歩はどこか逢魔時に似て、危うい思考を生み出すのかもしれない。しらじらと明けてくる朝の風景を目にすると魔が去ったような気になる。

2015

2015

冬の夜明けは美しい。きれいな空気にきれいな光が作り出す風景だ。

2015

2015

そして景色が一瞬一色に混ぜられて、その後徐々に色彩が生まれてくる。

2015

2015

その時間は実に短く儚く夢はあっという間に消えて現実に引き戻される。。

2015

2015

あたりが明るくなると、あれほど夢中に撮影していた者達が平凡な風景に戻る。宇宙も倒木も私の中から消えてしまった。

2015

2015

いつものバラたちを写して帰ろう。手の中には小さくひんやりとIXY DIGITALが光っている。

2015

2015

1日は始まったばかりだ。PCで写真を確認して、このCAMERAについて何か書こう。

2015

2015

まずはCanonのDIGITAL CAMERA史に欠かすことの出来ない機種ってことから・・。

つづく。。